93 勇者、魔王っぽく高笑いする
ワシとレイティアさんは親ということでいい席をあてがわれている。
まあ、これでアンジェリカが負けたら、いい席の意味もないのだが。娘の敗北を見せつけられることになるわけだからな……。
「あの子、大丈夫なのかしらね~。相手の方も勇者だから強いでしょうし」
やはり、レイティアさんは娘のことが気がかりか。
「なあに、やるだけのことはすべてやりました。あとはアンジェリカを信じて待つだけです。あいつは勇姿を見せてくれるはずです」
「ガルトーさんがしっかりと指導してくださいましたものね」
レイティアさんがワシの腕にくっついてくる。ありがたい。これでたいていのことは笑って許せる。
「じゃあ、勇者アンジェリカさん、僕と勝負してください! 僕は逃げも隠れもせずにここで待っていますよ!」
コククが剣を抜いて叫ぶ。ああやって、自分の存在を見せつけるつもりだな。
いかに観客の印象に自分を残すべきか考えているな。やっぱり、こういうところも好きになれん。
冒険者というのはもっと自由であるべきなのだ。計算し尽くした上で生きている冒険者というのは何かおかしいだろう。
でも、それはアンジェリカを見ていることで起こる先入観だろうか……。両極端なのだ。
やがてアンジェリカが逆側の仮設控室から姿を現した。
いよいよか。
「待たせたわね、公国の勇者コクク!」
だが、コククの視線はアンジェリカのほうに向いていない。どうやら、認識してないらしい。顔は見えないからな……。
「あれ……勇者アンジェリカさん、どこですか? 正々堂々と姿を見せてください」
「見せてるじゃない。もう、出てきてるわよ。あなたの前にいるでしょ!」
それで、やっと、コククの視線がアンジェリカの側に向いた。
もっとも、目と目が合うということはないと思うが。
漆黒の鎧と髑髏の紋様の鉄仮面をかぶった、重装備のアンジェリカがそこに立っていた。
鎧が巨大なせいで、大男のように見えるが、あくまでも中に入っているのは華奢なアンジェリカだ。
「なっ! その姿、どこが勇者なんですか! 呪われた鎧もいいところじゃないですか! 禍々しい空気も放ってますよ!」
コククは納得がいってないらしい。
その発言は正当だ。だって、勇者パーティーのみんなもことごとくあぜんとしているぐらいなのだから。
「なんですの、あれ……? 明らかに敵側のフォルムですわ……」
「一刻も早く聖水を頭からかけるべき……。もしも、あの姿で修道院に来たら、排除する……」
それは不気味だろうよ。見た目だけでは、性別すらわからんからな。あと、修道院にあの格好の奴がいたら、スキャンダルにもほどがあるっだろう。
「かわいくないな~。もっと露出度高いほうが俺っちは好きだよ」
盗賊よ、お前の意見は聞いてない。黙っていろ。
「でも、魔族の女幹部って露出度が高いイメージがあるし、鎧の下はほぼ裸だったりするのかな?」
こいつだけは魔王として始末しておくべきったかな。
「武道家からすると、あんまり素早く動けなそうだけど、大丈夫なの……?」
戦闘に関することを考えていたの、ゼンケイだけだな。
だが、心配にはおよばない。
あの漆黒の鎧は装備しても素早さが落ちることはない。
それどころかさらに加速する!
なぜなら、鎧自体が生きていて、動こうとするからな!
これがワシの作戦だ。
「魔族の城にある超強力な装備で身を固めたぞ! 今のアンジェリカにかなう者など、そうそうおらぬわ!」
そうなのだ。実力で補うことができないならば、装備で強引に誤魔化してしまえばいいのだ。
魔族の城にあった中でも最高級品の鎧だ。多少の隙があろうと、それで致命傷を受けることなどない!
むしろ、鎧を装備している本人が体力の限界を迎えても、それを無視して一定時間動き回れる!
「ふざけないでください! それはどれも魔族側の装備じゃないか! 勇者と名乗る者が身につけるものとは違う! 勇者アンジェリカ、僕は見損ないましたよ!」
相手の勇者コククがなにやらほざいている。
「なんとでも言いなさい。でも、あなたの言葉は私の胸には届かない。すべて、この鎧に跳ね返されているわ」
アンジェリカが冷たく言い放った。
「そこは届いてくださいよ! これはどちらが勇者にふさわしいかの勝負です! その格好のどこが勇者的なんですか!」
「どちらが勇者にふさわしいか? ふふふっ……はははははっ!」
アンジェリカが高笑いした。
その哄笑が周囲に響き渡る。
「違うわよ。これはどちらが強いかを証明する戦いでしょ。でなければ、あなたは最初から私に勝負を挑むことなどしなかった! あなたは私を負かしたいという欲からここにやってきたのよ! 都合のいい理想論に差し替えるのはやめてくれる?」
「くっ……」
コククは何も言い返せなかった。
うん、それが真相だものな。
サントレ公国の勇者として、マスゲニア王国の勇者を見返したい。あるいは王国の勇者を倒すことで名を上げたい――そんな気持ちがあったからこそ、こいつはわざわざ勝負にやってきたのだ。
別に高潔な信念からやってきたのではない。
勇者同士の戦いによって誰かが救われるわけでも何でもない。すべては打算だ。
かといって、今のアンジェリカが高潔かと言われると……どう考えても違うのだが、そこは別にいいだろう。
それに、本人も同意の上でやってるし。ワシは提案をしただけで、一切強制などしてない。強制してあんな分厚い鎧を着せることなどできん。
「公国の勇者コクク、これはどちらが強いかを確かめる戦いよ。力を行使した側が正義なのよ。考えてみなさい、力がなければ、勇者になることだってできないでしょう? 理想をかなえるにも力が必要なのよ!」




