92 魔王、勇者の対決を見守る
メンタルも鍛えておかないと、モチベーションが高い公国の勇者に勝てない。
すべては公国の勇者に勝つためのことだ。勝つまでの辛抱だ。
「アンジェリカ、食後のおやつにマカロン作ってみたんだけど、どうかしら~?」
レイティアさんがいかにも甘そうなお菓子を持ってやってきた。
「レイティアさん、それはおいしそうですけどダメです! ここは厳しくなってください!」
「空いた時間にさっと作れたんですよ。なかなかいい出来だと思うわ~」
これは困った。レイティアさんの好意を無駄にするわけにもいかん。
「アンジェリカ、あとで一時間特訓をしたら食べていい――これでどうだ?」
「わかった。それならいいわ」
その後、食後のおやつは追加の特訓をしたら食べていいということになった。
●
そうして、決闘まで残り数日となった日の夜。
「はぁはぁ……。どう? 私もなかなかやるようになったでしょ……?」
アンジェリカは肩で息をしている。
ワシとの剣での練習がちょうど終わったところだ。疲れてはいるが、手ごたえはあったらしく、表情はまだ精悍である。
「うむ、付け焼刃にしてはよくやったと思う。そこは素直に褒めてやろう。いざという時の集中力はあるな。さすが、勇者だ」
こういう時、褒められるところは褒めてやる。
いろんな面で、やる気にさせるのだ。二つ褒めて一つ叱るペースでいい。
「ただ……勝てるほど成長してるかというと微妙だな……」
ワシは顔を曇らせた。
「えええっ! あんなに頑張ったのに! メニューに問題があったんじゃないの? トレーニング的な意味でも、料理的な意味でも!」
そんなところでうまいこと言わなくていいわ。
「頑張ったのは事実だが、期間が短すぎる。こんなすぐに相手を圧倒できるかといえば、できないほうが普通だ。こういうのは長年の蓄積が勝負を決するものだ」
「じゃあ、勝てないじゃない! どうするのよ……。王都での戦いだから観客も多いんだよ……」
いや、それはお前の責任だろ……。せめて、無人の荒野みたいなところでやれよ……。
しかし、この戦い、(アンジェリカが)負けるわけにはいかん。
なにせ、こいつが落ち込むとどういう行動に出るかわからんからな。
思い詰めて、自殺なんてことになったら取り返しがつかない。
絶対にそんなことはさせんぞ。
娘は魔王のワシが守る!
むっ……。
そうか、娘だ。
アンジェリカはワシの魔王の跡継ぎだ。
「アンジェリカよ。よい策が思いついた。おそらく成功するはずだ」
「ほんとに!? すぐ教えて! 一秒でも早く教えて!」
喰い気味にアンジェリカが迫ってきた。池で泳いでる魚にエサをやったみたいな反応だな……。
でも、勝利に貪欲なのはいいことだ。
「お前の気持ちはわかった。ただ――」
「あっ、そういう『ただ』みたいな前置きはいいから。もう時間はないんだから」
こいつ、いつか詐欺に引っかかる気がするな……。
でも時間的な余裕がないことは事実か。
「わかった。では、ワシについてこい。ついてこいと言っても、魔法で移動するだけだが」
「どこに行くの?」
「ワシの城に行く」
そして、ワシとアンジェリカは空間転移魔法で城に入った。
「ここに何があるの? 公国の勇者を呪うアイテムがあるの?」
「お前、勇者らしい発言をしろ。それはいくらなんでも反則だ」
その城の中でも、とくに奥まった部屋のほうに向かう。
猛烈にホコリっぽいが、それぐらいなら我慢できる。アンジェリカのほうはホコリっぽすぎるときっちり文句を言った。
むしろ、ワシの提案に文句を言ってくるかが心配なんだけどな……。その場ですぐに言うと、結局反対するかもしれないので、現地で説明して、断りづらくする作戦をとる。
「アンジェリカよ、ここにお前を強くするためのものが揃っている。お前は不満かもしれんが……」
しかし、アンジェリカはとくに拒否反応も示さなかった。
「ああ、うん。それならやれそうね。どうせなら、とことんやって」
「いいんだな……? 勇者のプライドにかかわると言って拒否するかなと思ってたんだが」
「強くなるためなら仕方がないわ。今、私に必要なのは力よ」
こいつ、今すぐ魔王になっても違和感ないようになってきたな……。
こうして、勇者アンジェリカの緊急改造が行われたのだった。
●
勇者同士の対決の当日。
王都の空は、これから不吉なことが行われるのを暗示するみたいにどんよりと曇っていた。
観客の数はずいぶんと多い。
広場の周囲を埋め尽くしている。勇者と勇者が戦う見世物ということか。
まず、その広場の中央に出てきたのは、サントレ公国の勇者コククだ。
清潔感のある白銀の鎧を装備し、いかにも勇者という印象を醸し出している。
いくつか黄色い声援みたいなものも飛んでいる。割と美形だし、女のファンも多いのだろう。あとは、サントレ公国からわざわざ来たとおぼしき応援団みたいなのもいる。
「王国の奴に負けるなよー!」「王国のほうが格上だとか百万回聞いたっての!」
そういや、隣の国、公国なんだよなあ。地位としても、王国として一段劣ると見られがちだから、反骨精神のようなものもあるのだろう。
勇者コククは周囲に向かって、それぞれ頭を下げていった。
そういう礼儀作法がちゃんとできるあたり、こざかしい。
いや、できないよりはできたほうがいいのだけど……変に礼節を重んじるキャラも気持ち悪い。
一方で、アンジェリカのほうの応援には勇者パーティーの仲間がついていた。彼らはVIP待遇の最前列だ。
「しっかり頑張るのですわよ!」「しっかりねー!」
まずは魔法使いセレネと武道家ゼンケイが声をかけていた。
あと、神官ナハリンはじっと目を閉じて精神集中みたいなことをしている。別にお前が戦うわけではないだろう……。
それと盗賊ジャウニスはなぜか手を縛られていた。
「うぅ……俺っちだって、人ごみにまぎれて住民の財布を盗もうとかしねえって!」
そうか……。盗賊にとったら絶好のスリ日和なわけか……。
「信頼できませんわ。神妙にお縄につきなさい」
「それは犯人に言う言葉であって、やってない奴に言うのはおかしいよ!」
思ったよりも呑気な様子だからよかった。あまり絶望的な表情でいられるよりはマシだ。
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