90 魔王、勇者同士の対決に困惑する
「うん、いいわよー。スケジュール帳に書いておくわ。王様にも連絡入れておくね。勇者が公国の勇者と戦うって言えば広場を使わせてくれると思うし」
軽い、軽い!
そんな友達と遊びの約束入れる感覚で決めたらダメだろ!
隣国の勇者との対決ということは、自分の国の名誉もかかっているのだぞ!?
「それでは、簡単な誓約書をここで書いてもらえませんか? もしも、どちらかが王都に現れなかった場合は逃げたとみなし、不戦敗として扱うというものです」
「私が逃げるわけないじゃない。でも、気になりはするわよね。いいわよ。書くわ」
アンジェリカが子供っぽい丸い字で誓約書に名前を書いた。
少なくとも、文字に威厳がない……。そこも今後、練習させよう。それはそれとして――
もう、後に退けない形になってしまった……。
決闘が行われることは確実だ。
「ちなみに、これ、どういうことが書いてあるの?」
「サインをしてから誓約書を読むな! 変な契約をさせられてたら、どうする! 冒険者以前の問題だぞ! 消費者なら誰でも注意しないといけない問題だぞ!」
「ご心配なく。何かの権利を奪われるだとかそんなことは一行も書いてありませんので。こちらがほしいのも、名誉だけです」
コククという男は言った。
何が名誉だけだ。その名誉があれば、冒険者として一生食っていけるだろうが。
「では、勝負の日を楽しみにしています」
コククという勇者は満足しきった表情で帰っていった。自分は何の妥協もせずに、都合のいい対価だけをもらいまくったわけだからうれしくもなるだろう。
「アンジェリカよ、極めて面倒なことになったな……」
まあ、魔族との争いが終わったのだから、いずれ勇者アンジェリカを試そうとする奴が出てくることになったとは思うが。
「たいしたことないわよ。だって、たかが公国の勇者でしょ。余裕、余裕」
完全に舐め切った態度をとって、朝食の牛乳を飲んでいる。
待てよ。ここまで楽勝だと思っているということは、実は相手の力量や弱点を詳しく聞いたりしているのか? たんなる油断にしては油断しすぎていておかしい。
「お前、公国の勇者について何か知っているか?」
「どうせ公国の勇者でしょ。そのへんのデカいミミズとかと戦ってるレベルなんじゃないの? 調べる気もないわ」
本気で舐めている! ここまで舐めてるとは思わなかったというぐらいに舐めている!
「お前な……無防備すぎるぞ。それだけバカにしてる相手に負けたら、どういう気持ちになる?」
「う~んと……そりゃ、落ち込むわよね。生きてるの恥ずかしくなって、死にたくなるかも」
けろっとした顔でアンジェリカは言った。
つまり、毛の先ほども負けるつもりはないということだ。
「ま~、負けるわけないから全然問題ないけどね~」
だからこそ、これで負けたら大変なことになるのだ!
最悪、ショックで自殺するのではないか!?
こいつ、勢いで行動するところがあるからな……。あまりに悲しい目に遭ったら、立ち直れずに早まったことをするかもしれん。今までもいきなり家出したことがあったし。
ていうか、パーティーを作って」、実力がつく前にワシのところに戦いに来た時点で、一種の自殺行為なんだよな……。大昔の勇者なら殺されておしまいだったんだぞ。
自殺するなんてことにならなかったとしても、負けた場合、自信を粉々に砕かれて動けなくなったり、引きこもったりするかもしれん。アンジェリカの将来に大きく影響をすることだけは確実だ。目に見える変化が起きなくても大きな傷になるだろう……。
なのに、本人は油断しまくっている。このままでは仮に公国の勇者より強くても、足下をすくわれる。
ちょっとでも、アンジェリカをやる気にさせんとヤバい。
ワシはアンジェリカの両肩を持って、揺すぶった。
「せめて敵の情報収集はしろ! 弱い敵にも全力を尽くす、それが勇者のあり方だろう! ちゃんとやれ!」
「な、何よ……。魔王、まるで自分が戦うことみたいに気合い入ってるわね……」
「あほか! ワシが戦うケースの百倍は気合い入ってるわ!」
ワシだったら寝起きでも、体調不良で頭が重い時でも、一秒で勝てるだろうが、ワシ以外の者の戦いだから心配なのだ!
「わかったわよ……。どっちみち、王様に勇者と勇者の対戦があるって言いに行かないといけないし、その時に王都のギルドで情報を集めるわ……。それなら文句もないでしょ?」
「うん、そうだな。あと、ワシもついていく」
「えっ? そこまでするの? 過保護なんじゃない?」
「そこまでするに決まっている!」
「でも、魔王、仕事あるでしょ? 仕事はどうするの?」
「有休使うわ! 大事な会議があったとしても、あとで謝罪してでも休むわ!」
後ろから、レイティアさんが「あらま~、娘想いなのね~」と笑っていたが、そういう次元の話ではないです。王国の誇りにも関わってくるんです。
その日、ワシは職場である城に行くと、すぐに有休をとった。
「魔王様、休むのはご自由ですけど、仕事がたまりますよ。あとでひいひい言うことになりますけど、いいんですね?」
秘書のトルアリーナに嫌味を言われた。
こいつはこいつで立場上、ワシがおらんとやらなきゃいけない仕事が増えるからな。文句を言いたくなるのもわかる。
「しょうがないだろう! 娘の一大事なんだから、家庭を優先する!」
「やっぱり、年頃の娘がいると苦労するんですね。しかも、実の娘じゃないから、余計に大変ですね」
「ちなみに、娘が年頃かどうかは何の関係もない問題だ」
苦労していることは一切否定しないが。
「二度目の結婚はよく考えなきゃいけないと理解しました。一度目の結婚もしてませんけど」
「そういう、こっちが何か言いづらい発言はやめてくれ……」
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