86 魔王、前妻から命令を受ける
ちなみに、後日、またササヤの墓に行ったのだが――
「動けはしないけど、ここで会うことはいつでもできるみたいね」
また、半透明のササヤが出てきた。
「もう、命日に墓参りとか気にする必要、一切なくなったな……」
ワシの家族関係、いよいよ特殊というか複雑になったなと思った。
「それとね、あなたに一つ確認しておきたいことがあるんだけど」
ササヤはごく自然な調子で聞いてきた。こっちが死んでいるのを忘れそうになるぐらいだ。
「ああ、今になって隠し事も何もあったもんじゃないしな。すべて、正直に答えてやるぞ。もっとも、何もやましいことなどないがな!」
「あなた、いまだに今の奥さんと別の部屋を使ってたりするんじゃない?」
ワシはげほげほっとむせた。
想定外の質問だった!
「あら、思いっきり、むせてるじゃない。何が『やましいところはない』よ。魔王なのに、二言があるのはよくないわね」
ササヤはあきれた顔になっている。どうも、死んでから余計にやりたい放題になってきた感じすらある。
「別にやましいわけではない! 今もレイティアさんとは違う部屋を使っているからな」
「だから、ダメなのよ」
ぐいっと、ササヤが顔を近づけてきた。
一瞬、唇が触れ合うと思うほどの距離で、ワシは退いて後ろに尻から倒れた。部下が見ていたら、いい笑いものだ。
数秒してから、ああ、幽霊だから触れることもないのかということに思い至った。
といっても、すぐそばにササヤがいるというのは落ち着かない。まさしく、目と鼻の先だ。
「お前、幽霊なのにアクティブすぎるぞ……」
どうせ、墓地は無人で誰も見てないのだ。そのまま、尻餅をついたままササヤを見上げた。立ち上がると、また顔を近づけてきそうであるし。
「あのね、あなた、再婚したってことは、今の奥さんはレイティアさんなのよ。なのに、別室にいるってそれはあの人に失礼よ。…………あの人は、失礼だとか絶対に考えない人だろうけど」
うん、そこは正解だ。おそらく、レイティアさんは生まれてからこれまで嫉妬という感情を抱いたことはないのではないだろうか。
「おそらく、私だけでなく娘さんにも遠慮した結果なんだろうけど、同じ部屋を使うべきよ。あなたもレイティアさんも新婚ではあるんだから」
「うっ……ぐいぐい押してくるな」
「当たり前でしょ。私は魔王のお妃様だった女よ」
ササヤは笑って、両腕で倒れているワシの肩を抱きしめた。
もちろん、ササヤは幽霊だから、物理的に触れ合うようなことはない。
ぞくぞくとしたような感覚と、ほっとやすらぐような感覚とが同時にやってきた。
「私も嫁いだ直後はもっとほんわかしていた気がするわ。レイティアさんほどではなかったと思うけど」
「そうだったかもな。お前は遠慮がちなところがあった」
「でも、あなたと過ごしている間に強くなってきたわ。おそらく、今が一番強いわね」
「なにせ、もう死ぬことはないからな。もはや、無敵だ」
ササヤが生きていた頃と何も変わらないように、自分は話をしていると思った。
こんなことなら、ササヤを喪ってあんなに悲しむ必要すらなかったかもしれん。ちょっと損した気分だ。
これで、もし、ササヤが死んでいなかったら、ワシの人生はそこからどうなっていただろうか。
考えてみても答えなど出るわけはない。
ただ、レイティアさんと結婚することはなかった。勇者が義理の娘になることもなかった。
ワシの国と人間の国にとって大きなターニングポイントだったのか。
それが妻の死というのも因果な話だ。
「あなた、レイティアさんと同じ部屋を使いなさい。元妻からの命令よ」
「『元』とか言うな。お前は、ずっとワシの妻だ」
「そういうところがダメなの」
ササヤがワシのほっぺたをつねるしぐさをした。
やっぱり、すり抜ける。
魔王であるワシにそんなことができるのは、この世界でもササヤだけだ。
「今の奥さんは間違いなくレイティアさんでしょう。ほかの人がレイティアさんは妻じゃないと言いでもしたら、あなた、激怒するでしょう? 爆発魔法だって唱えるでしょう?」
「そ、そう言われると、そうだな……」
レイティアさんを悲しませるようなことを言う奴は何があろうと許さん。
「だから、素直に同じ部屋で寝起きしなさい。いつまでも私を引きずらないで。私だって迷惑だわ」
ゆっくりと、ササヤはワシから離れた。姿勢からすると立ち上がった格好だが、幽霊も立ち上がると言うのか。
ワシも腰を浮かして、立った。
ササヤが生きていたら、手を貸してくれただろう。
ああ、ワシを引っ張ってくれるのは、もうレイティアさんなんだな。
「わかった。お前の命令、聞いてやろうではないか」
「ウソついたら呪うわよ」
「えっ!? お前、そんな能力まで持ってるのか!?」
そういうのって、幽霊になるとデフォルトで手に入るものなのだろうか。そのあたり、よくわからんぞ。
ササヤはずいぶんと生き生きとした調子で笑った。
「冗談よ、二割は」
「ほぼ、本気だろうが……」
ワシも呪われないようにはせねば。幽霊が魔王を呪えるのか謎ではあるが、二言があってはならない立場というのは間違いない。
「また来る」と言って、ワシはササヤから背を向けた。
「うん、待ってるわ。何か面白いお話を持ってきてね」と、ササヤがワシの真ん前に現れた。
「お前、墓の周辺だとある程度動けるのか……」
「そうみたいね。このあたりまではいけるみたいね」
進行方向に出てこられると、いまいち別れる空気にはならんな……。
しばらくの間、ササヤはワシの視界に入り続けた。
これ、ササヤの悪ふざけなのだろうな。
ったく、死んでからたががはずれたように生き生きするとか、遅いぞ。
今後、亡き妻という表現は使いづらくなったわい。
でも、妻のために流す涙などないならないに越したことはないし、これでいいのだ。
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