85 勇者、二人目のママと認める
「レイティアさんでしたっけ」
ササヤが少し居住まいをただし、レイティアさんのほうに顔を向けた。
おいおい……。本当に呪いをかけるみたいなのは困るぞ……。
「はい、レイティアです。ササヤさん、何かありました~?」
レイティアさんのほうは、お化けと出会っても、何一つぶれない。見た目からはわからないが、豪傑のような肝の据わり方をしているのだ。
「夫のこと、よろしくお願いしますね」
ササヤは改めて丁重な礼をレイティアさんに行った。
位置としては現れた場所のままだが、もし自由に動けるなら、レイティアさんのすぐそばまで行ったことだろう。
「夫は不器用な男です。妻だったわたしから見ても、もう少し策を弄したりしてもいいのではと思ったぐらいです。大変な思いをすることもあるかもしれませんが、どうか支えてやってあげてください」
そのササヤの態度には切実な祈りのようなものがあった。
「わたしは死んでしまって、この場から動くこともできません。なので、お願いすることしかできません。人間の方からするとわたし以上に疲れることも多いでしょうが――」
「任せてください、ササヤさん」
レイティアさんのほうが近づいて、ササヤの手をそっと両手で包み込んでいた。
「お化けになってまで出てくるだなんて、とても強いお持ちなのね。わたしでよかったら、何でも話してください。ガルトーさんをササヤさんの代わりに支えますから」
お化けのササヤの瞳には涙がたまっていた。
ただ、その涙は目から落ちると、すっと消えてしまう。お化けだからだろう。
「ありがとうございます。夫のことならなんなりと尋ねてください」
ワシも胸が締めつけられる想いがした。
ササヤと出会えてうれしいという気持ちよりも、ササヤを守れなかった後悔の念が浮かびそうになる。
「魔王、悲しい顔しちゃダメだよ」
ぽんとアンジェリカがワシの背中を押していた。
「アンジェリカ……?」
「せっかく会えたのにササヤさんに失礼じゃん。もっと喜んであげなきゃ。元気に生きてますって顔を見せてあげなきゃ。それぐらいはお化けに初めて会った私でもわかる」
まったくだ。こんな態度ではいよいよササヤを不安にさせてしまう。
ワシもササヤのほうに近づいた。
「ササヤ、いろいろあったが、ワシはしっかりと仕事をしている。魔族と人間の争いも終えてみせた。……どっちかというと、レイティアさんと結婚したから戦争も終わったんだが」
いや、でも、どっちみち収束に向かってたから、そこはワシの手柄のはずだ……うん。
「そうみたいね。わたしもほっとしているわ」
ササヤは生前と変わらない、天使みたいな微笑みをワシに見せてくれた。
「でも、それにしても」
ササヤの視線がまたレイティアさんのほうに行く。
「あなた、わたしに似て、胸の大きな人を好きになったのね」
とんでもないことを言ってきた!
「おい! もうちょっと表現を選べ!」
アンジェリカがすかさずササヤとレイティアさんの胸に視線を送っていた。
「本当だわ……。ママもそうだけど、ササヤさんも巨乳ね。魔王って巨乳好きなんだ。ちょっと、引くかも……」
「待て待て! 別に胸しか見てないわけではないぞ! それは偶然だ!」
ここは父親として全力で弁明しないとまずい。
「ガルトーさん、そうなんですか~?」
「レイティアさんも、そこに興味持たないでけっこうです!」
「あと、夫は脚フェチでもあるから、美脚に見える服を着ると喜びます」
さらにササヤが追い打ちをかけてくる!
「そういや、ササヤさんの服、脚にスリッド入ってるわよね。太ももまで見えちゃってる」
ほら、また娘が幻滅した顔になってるから、本当にやめてくれ!
そのあと、お化けのササヤとよもやま話をして盛り上がった。
といっても、大半はこちらの近況報告だが。ササヤはここからどこにも動けないので、魔族の時事ネタなども何も知らなかった。
あと、こちらが話を続けないと――
「それで、夫ったら、間違えて私の部屋を使ってたんですよ。調度品が女性向けだから、普通、すぐ気づきますよね」
「魔王、そのへん、昔から天然なんだ」
「微笑ましいわね~」
こんな感じで、過去の失敗談を話されるのだ!
話がはずんで、いつのまにか、日が暮れかけていた。
もう、そろそろここから離れないといけない。暗くなると、レイティアさんを守るのも難しくなる。
「ササヤ、悪いが、そろそろ行くぞ」
「そうね。長く引き止めすぎてごめんなさい」
ササヤもワシに新しい家族がいることはわかっているのだろう。
「また、お化け……というか霊魂が死後になぜ現れるかの研究を学者たちに命じてやらせることとする。そうすれば、お前も動き回ったり、再生――」
「そっちは気にしないでいいわ。こうやって姿を見せられただけでも奇跡みたいなものだって思ってるぐらいだから」
ササヤは小さく首を左右に振った。
「それより、わたしのほうからもお願いがあるの」
「ああ、なんだ?」
「あなたの娘、しっかり育ててね」
ササヤの瞳はアンジェリカを見つめていた。
「その子はわたしの子でもあるんだから。ケガさせたりしたら、承知しないわ」
ワシが答えるより先に――
「はい! 立派な勇者になりますから!」
アンジェリカが宣言していた。
「そこは魔王になりますって言ってほしかったわね」
くすくすとササヤは笑っていた。
なんとも特別な墓参りになったな。
帰宅後、家出でアンジェリカにこう言われた。
「ママがもう一人増えちゃったわ。私も気が抜けない」
「ありがとう、アンジェリカ」
ワシは本当にアンジェリカのその言葉がうれしかった。
アンジェリカはすでに子供じゃない。もう精神的にずっと成熟している。
「あと……ふがいない姿を見せたら、呪われるかもしれないし……」
自分の両肩を押さえて、ぶるぶるとアンジェリカはふるえた。
「まだ、お化けである面に恐怖を抱いてるのか!」
そこはワシの元妻を信じてやってほしい!




