81 魔王、前妻の命日のことで悩む
今回から新展開です。よろしくお願いします!
「ワシは別に、もう、あのことはさほど引きずっておらんからな……」
「そうなんでしょうね――魔王様の解釈の中でだけは」
トルアリーナに一秒で否定された。
「そんなことはない……。だいたい、執務室に来る連中もみんな、憚ったような顔をしておるし、こっちがやりづらいわ……」
そうそう、みんながみんな、「あの時は大変でしたね……」みたいなことを言ってくるから、こちらも意識せずにはいられないのだ。
「いいえ、魔王様のほうが先に挙動不審になっています。だから、仕事で部屋に来る方々も沈痛な表情になってしまうのです。先に手を出したほうが悪いという論で言えば、魔王様のほうが悪いです」
トルアリーナはこんな時でも遠慮なしに諌言(?)を言ってくる。だが、だからこそ、トルアリーナに秘書をやってもらっている面も大きい。
魔王というのは、実際に偉いので、こちらが舞い上がらないようにしてくれる存在がいるのだ。
「認めたくはないが、お前がそういうなら、受け入れよう……」
「あの、何の話をしてるんですか~?」
フライセが能天気に聞いてきた。
「フライセ、今、お前がいてくれて初めてよかったと思ったかもしれん」
重い空気が強制的に中和される。
「えっ、それって私を側室にしてくれるってことですか!? やったー! 王族らしく、贅沢三昧できます!」
いや、違う。でも、そういうお気楽なところで助けられているから、あっているとも言えるのか? ワシも混乱してきた。
「フライセさん、あなた、魔族なんですから、魔族の中の重大事件のあった日ぐらい覚えておいてください」
トルアリーナのほうが苦言を呈した。ワシとしてはとくに気にはしないのだがな。
「重大事件? ああ、私の先祖が国に納める税を少なく申告したのがバレて、領地を大幅に減らされた件ですか」
「そんな、あなたの昨日の夕飯ぐらいにどうでもいい事件ではないです」
「いや、重大なんですよ? 先祖があんなことしなければ、私たちももうちょっとまともな生活を送れるはずだったんですって!」
「――四天王の乱です。それで、ササヤ様がお隠れになられたんです」
トルアリーナのその言葉でフライセの表情も固まった。
あんまり部屋が暗くなるのは嫌なんだが、ササヤの夫だったワシがおる部屋で無視しておけというのも無理な話か。
「ああ、四天王の乱って起きた日って三日後ですね……。魔王様の前妻がいつ亡くなったかまでは知らないですが……」
「その四日後だ。あらゆる回復魔法が効かない猛毒の武器で攻撃を受けていたからな。どうすることもなかった」
今から三百二十三年前のことだ。
反乱を起こして城を取り囲んだ四天王に対して、我が妻ササヤは全力で立ち向かうことを選んだ。
「ワシは留守だったのだから素直に開城すればよかったものを、そんなのは魔王の妻がすることではないと言って聞かなくてな……。おかげであいつが事切れるまで、ベッドの横で叱ることになってしまったわい」
それでも最期はササヤは笑って、ベッドのそばにいるワシの手を握り返してくれたな。
しかも、こんなことを言いおった。
――あなた、もう私のためだけに生きる必要はないのよ。あなたはまだやり直しがきく年だわ。私ではなく、生きている者を守るために生きて。
少なくとも、魔王としての職務はまっとうしておるつもりだぞ、ササヤよ。
ワシだって、お前の死を無駄にするわけにはいかんからな。おかげで手が抜けないから大変だ。
今年も命日には墓参りに行くからな。待っておいてくれ。
「魔王ともなると、いろんな目に遭うんですね……。ササヤさんの一族ももう断絶してるんですよね……。魔王様がササヤさんのお墓もずっと守る立場なんですね」
奇跡的に恋愛結婚だったからな。ササヤは身寄りのない平民身分だったが、彼女の曇りのない生き方に惚れてしまったのだ。
フライセまで暗くなってしまっている。いや、お前はずっと能天気な態度で事務作業をしてくれればいいんだが、言ったら調子に乗りそうだから言わないけど、ムードメーカーでいてほしい。
「私は食べられる野草と間違って毒草をとってきてしまって、苦しんだぐらいしかピンチとかなかったです……。弱小王族には誰も興味を示さないんで……」
「平和なら、なによりじゃないか……」
ダットル公のことが話題になることって、多分百年に一回ぐらいしかなさそうだからな……。
「三百年以上前のことだ。今となっては、墓参りに出かける以外は何も変わったことのない日だ」
「でも、魔王様も今年は状況が違うから大変ですね」
フライセが事務作業に手を戻しながら言う。
「ほら、新しい奥さんができたわけじゃないですか。黙ってお墓参りに行ってもいいのかもしれないですけど、あとあと知られてもなんか変な空気になるし、割と難しい問題ですよね~」
「……ほんとだ」
数時間、有休をとって、その間に墓参りはすませて終わりということにするつもりだったが――そういうのを知らされないままやられると、レイティアさんも複雑な気持ちになるかもしれん……。
かといって、話しても誰も得しない話題なんだよな。たんなる悲しみのおすそ分けになってしまう。
前妻のことを深く想ってるところを見せつけても、レイティアさんも困るだろう。レイティアさんの性格だから、それで嫉妬したりとかということは絶対にない。でも、共感能力が高いがゆえに悲しませてしまう。
それはワシの本意ではない。
「なあ、フライセ、トルアリーナ、こういうのって、どうするのが最善なんだろう?」
「さあ?」
「特殊なケースなのでわかりませんよ。ご家庭のことはご家庭でどうにかしてください」
だよな。
こんなのに唯一の正しい答えなんてないよな。
よし。
レイティアさんに話す前にアンジェリカと相談するか。
ワシよりはるかに長い間、レイティアさんと過ごしているアンジェリカなら、きっと妙案を出してくれるに違いない。
妙案が出ないにしても、まずアンジェリカに話すことで、レイティアさんに話す予行演習になる!
ネタバレ回避のため、章タイトルはもう少し進んでからつけます。




