8 定時で妻のところに帰ります
日間20位になっていました。ありがとうございます! 今日も複数回更新できればと思っています!
職場では秘書のトルアリーナに事あるごとに再婚のことを言われた。
「魔王様、新しい家庭は軌道に乗りそうですか? それとも爆発しそうですか?」
「なんだ、爆発というのは。縁起でもない」
たしかに爆発を引き起こす魔法とかもワシは使えるけど。
「ワシの家庭事情を詮索するのはやめて、書類作りを行え。人間の王国の王に向けて、和平を結ぶことを求める書状を作らねばならん。すでに一部のエリアのボスを撤退させていることも加えて、こちらが本気であることをアピールするように」
人間の王国――マスゲニア王国も魔族との戦いで金がかかったり、田畑が荒れたりして大変だろうから和平は望むところだろう。
財政的にもあまり余裕がないことは知っている。そもそも、財政的に余裕があれば高度に訓練された軍隊を送り込んで魔族を蹴散らそうとか考えるだろう。
冒険者パーティーをなかばボランティア的に募って魔族に立ち向かわせようとかしないはずである。
そんなん、指揮系統からして無茶苦茶もいいところなわけで、腐っても軍隊を保持している国が考える発想ではない。魔族がいなくても、ほかの人間の国にすぐに滅ぼされるぞ。
「書類は現在、鋭意製作中です。しかし、こんな時外務省がないと厄介ですね……。仕事を任された者たちも戸惑っています」
「しょうがないだろう。長らく魔族は人間を滅ぼすことをスローガンにしてきたから、外交という発想がなかったのだ……」
しかし、現実問題として、戦争で勝つことはあっても、滅ぼすのはやりすぎである。それは人間も魔族もどっちも両方滅びずに残ってることからもわかる。やはり、外交は必要だ。
「外務省設立の勅令もいずれ出そうと思う。だが、今それをやるとさらに仕事が増えて、事務方がパニックになる。仕事が多すぎて自殺する者が出る」
「まあ、自殺しても悪魔神官の手で蘇生させますけどね」
淡々と秘書のトルアリーナが言った。うん、死んだ直後なら蘇生魔法でどうにかなる。
「それでも『自殺したけど、また今日から元気に働きます!』というわけにもいかんだろう。最低二週間は休暇をもうけてやらんとまたいろんなところから叩かれる。それに、自殺して蘇生した直後から、また元気に働く奴とか普通に怖い。脳のどこかが腐ってる危険がある」
「死体系モンスターは肉体労働や単純労働に従事させているので腐っている者はいないかと思います」
「わかっている。たとえだ、たとえ! ああ、忙しい! 魔族に向けても人間を襲わないように連絡しないといけないからな……」
「その忙しさを作った原因は完璧に魔王様なので同情の余地はないです。和平を結ぶにしても突然すぎます。水面下の交渉とか何もないとかおかしいですよ」
冷たい目でトルアリーナに言われた。彼女にも相当な負担を強いているのだ。
「だから、わかっている……。ワシから率先して働いておるだろうが……」
戦争をするのも大変だが、終わらせるのも大変だ。つまり、何をしてもだいたい大変なのだ。
時計が気になる。
昼すぎに帰って、レイティアさんの料理を手伝うというのは、いくらなんでも無理だろうが、六時の定時に帰ることぐらいはできないだろうか。
「魔王様、時計をやたらとごらんになっていますね」
トルアリーナはそのあたり、鋭い。さすが魔王の秘書を務めているだけのことはある。
「仕事量からして、時計を気にする暇などないと思うのですが、そんなに新婚家庭へ早く帰りたいのですか?」
こいつ、独身だからなかばやっかんでないか? でもそんなことを言ったら、絶対にセクハラとして訴えられる。魔王をクビになることはないだろうが、謝罪会見を開くことになるかもしれん。
「ええと……定時に帰ってよいか?」
トルアリーナのメガネが光った気がした。
「つまりそれは自分が率先して定時帰りを行うことで、部下たちにも残業するなということを伝えようという意志の表れとみなしてよいですね? 部下たちも定時で帰らせますよ。それで明日、さらに各部署が混乱しても知りませんから」
「くそっ! わかったわ! じゃあ、みんな定時で帰れ! それでまずいことが起きたらその時はその時だ! 残業ナシで回らん組織なら、組織のほうがおかしいのだ! 人員追加でもなんでもしてやるわ!」
こちらもなかばヤケクソになっていた。
仕事より家庭を優先する。新婚家庭なのだから、それぐらいの自由は認められてしかるべきだ!
「ありがとうございます。それでは、私も堂々とアイドルの公演に行けます」
珍しくトルアリーナが笑顔になった。
「トルアリーナ、お前も魂胆あったのか」
「いえ、仕事がたまっているので諦めていたので、チケットもとってませんでした。それでも、私の応援しているのはあまり人気のないアイドルなので、だいたい当日券もあるんです。それはそれで大丈夫なのかという気にもなるんですが……」
微妙な実績のアイドルとやらを応援するとややこしいことになるな。
「しかし、人気が出すぎて、大きな会場でばかり公演が行われると、それはそれで推しを盗られたような気持ちになると思いますし、難しいところです。今ぐらいの規模をちゃんとソールドアウトできるぐらいの人気が維持できたら一番なんですが」
「水商売だから、人気の維持というのは、ブレイクするよりよほど難しいだろう。できたら神業だな」
「わかっています! いちいち言わないでください! 有名すぎず、マイナーすぎずのアイドルにはまってしまうタチなんですから!」
こいつはこいつで面倒くさい奴だな……。でも、自分で稼いだ金の範囲で、ファンをやってるわけだから、誰も文句を言えた義理ではないか。せいぜい、アイドルに金を払って、収入に貢献してやってくれ。
ライブに行けることになったからか、トルアリーナの仕事のペースも格段に速くなった。黒髪が一時的に少し浮き上がってるぐらいだった。
「これが、私の真の力です」
「お前、中ボスぐらいの実力を秘めてたんだな。地方のボスに昇進させてやってもいいぞ」
「地方勤務はライブが行きづらくなるので嫌です。だいたい、人間との戦争が終わるから地方のボスの地位も低下しますよ」
言われてみれば、そうだな……。役職の再編まで必要になってくるのか。新しいことが起きると、また新しい仕事が発生する。永久機関みたいに仕事が増え続ける気がする……。
「でも、地方公演は都市部の公演よりゆったり見れることが多いので行ける時はうれしいんですけどね。日中に地方都市の旅行をして夜に公演見て、その土地で一泊する友人もいます」
「人生をエンジョイしているようでなによりだ」
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そうこうしているうちに定時になった。
ワシは空間転移魔法でレイティアさんのもとへと戻る。
「ただいま。まだ作りかけの料理があれば手伝います!」
「おかえりなさい、ガルトーさん、じゃあ、こちらを頼めますか?」
ワシはすぐにエプロンをつけて、調理補助に入った。
「まだ、アンジェリカは帰ってきてないんですね?」
アンジェリカという名前を呼ぶのはまだ少しばかり恥ずかしさがある。
「はい。あの子、だいたい七時前ぐらいに帰ってくることが多いんです」
ちょうどよかった。帰宅した時点でアンジェリカがいるとこちらもやりづらかった。
だが――
時計の針が七時を過ぎても、アンジェリカは帰ってこない。
八時を過ぎても、玄関のドアが開くことはなかった。
おかしいぞ……。