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79 魔王、観光地チョイスをミスる

 二日目、アンジェリカは本当に早朝から海に行っていた。

 朝食の時間の前に戻ってきたが、それでも二時間ぐらいは泳いでいたと思う。


「やっぱり、若い子は元気ね~。わたしはとても無理だわ~」

「レイティアさん、アンジェリカはちょっと特別です。勇者だから体力が有り余っているんです」


「明日の朝も泳ぐわ。こんな土地、めったに来れないもの。三日とも泳がないと元がとれた気がしないから」

 元をとる、か……。その表現が冒険者らしいというか、魔王のワシは意識しないものだった。


 いつか、アンジェリカに帝王学を教える必要があるのだろうか。

 でも、庶民的な発想は持っているほうがいいのかな。


「ちなみに、朝なのに泳ぎに来てる地元の男に声をかけられたわ。いい店知ってるけど、行かないかって」

 ナンパされていた!

 そうか、地元の悪ガキは観光客があまり来ない早朝を利用したりするのか。油断していた!


「も、もちろん、断ったのだろうな……?」

「当たり前でしょ。目の前で落ちてる石を握って砕いたら、ビビって去っていったわ」

 娘が正攻法のナンパで落ちる人間ではなくてよかった。


 ただ、アンジェリカはまんざらでもなさそうだった。

「つまり、私がナンパされるぐらい魅力的ってことよね。悪い気はしなかったかも」

 すっかり浮かれているな……。そういう油断が命取りになるのだぞ。


「冒険者ギルドや冒険者の集まる酒場で言い寄られたりすることはあったけど、あいつらはほとんどあいさつみたいなノリでそういうことを言うからナンパされたって思えないのよね。酔っ払うと下ネタ言いまくるような奴の集まりだし」

 冒険者の主要な層は荒くれ者の男だからそうなるのは仕方ないだろう。

「だから、今日が人生初ナンパみたいなものかな」


「あまり調子に乗るな。ああいう手合いは誰彼構わず声をかけるのだ。一発必中に懸けるのではなく、十回や二十回挑戦して一回成功すればいいと思っている」

「水を差すようなこと言うな!」

「それに、お前ぐらいの容姿ならナンパする奴は声はかけておこうと思うだろう」


 アンジェリカが目をぱちぱちさせた。

「魔王、今の本気で言ってる? お世辞とかじゃなくて?」

 ワシの言ったことが信じられないらしい。

 アンジェリカにササヤの面影がわずかにあるという面もあるが、それを差し引いてもかわいいほうだろう。


「ワシがお前にお世辞を言う必要はないだろう」

「そうよ、アンジェリカはとってもかわいいわ~♪」

 レイティアさんがワシの論を補強してくれた。


 ここにウソは含まれてない。

「ママの娘なだけはあるってことね」

 きっと、アンジェリカはナンパされた時より内心うれしいだろう。


 このまま二日目の家族旅行も成功させるぞ!



 ワシらは朝食を食べ終えると、海岸沿いにしばらく歩いた。

 やがて、砂浜は途切れてなくなる。


「ねえ、魔王、どこに向かうつもりなの?」

「ここの見ものは白い砂浜だけじゃないのだ」

 旅の情報は事前に集めているからな。ぬかりはない。


 ちょうどいい散歩かなというぐらいに歩いて、ワシらは目的地に到着した。

 海にせり出した平べったい岩場が、ずっと続いているところに出た。


「ここが名所『シルハ海岸の平原』だ。古代、溶岩が特殊な広がり方をして、こんな独特の景観になったらしい」

 ワシはとうとうと説明をはじめる。説明する内容も頭に入っている。

「満潮の時には、このあたりも水につかるのだ。それでへこんでいるところには、魚など海の生物が入っていることもあるのだぞ」


 どうだ? 砂浜とはまた違った不思議な光景だろう!

 だが、何かがおかしい。

 アンジェリカの表情が完全に平板なのだ。


 あれ、なんだかつまらない冗談を言ってすべったみたいな空気になっていないか?

「これ、どこが面白いの?」

 ストレートにダメ出しが来た!

 会心の一撃と言っていいダメージが心に響いた。

 娘に全否定されると、これほどの痛みを伴うのか……!


「どうしてだ? こんな地形、めったにないぞ。マスゲニア王国でもおそらくここしか見られぬというのに……」

「いや、海の近くの岩場が平らなだけでしょ。それだけで『すごーい!』みたいな反応をしろってほうが無茶ぶりってものよ」


 ただ、アンジェリカの横で、

「うわ~、広いわね~。あっ、くぼみの中にウミウシがいたわ~♪」

 レイティアさんがそれなりに楽しんでいた。


「マ、ママはよかった探しが上手なだけ! 若い世代にウケる内容ではないの!」

 アンジェリカの言葉は正しいのだろう。

 なんでだ? 昨日の砂浜はあんなにはしゃいでいたのに、どうして岩場だとダメなんだ? レア度ではこちらのほうが上だぞ?


 だが、周囲を見ると、たしかに観光客の数は少ない。いても、若い恋人みたいなのはいなかった。

 いや、まだいい……。見るべき場所はほかにもある!


「それじゃ、次に行くぞ! ここから馬車に乗る!」

 ワシらは馬車に揺られて、次なる目的地へと向かった。


 到着したのは――シルハ海岸総合博物館。

『シルハ海岸の歴史も自然も丸ごとわかる』がコンセプトの大きな博物館だ。海岸に生息する貴重な生物の標本や、この土地出身の著名な学者の展示などがある。


 中も広いし、ここで半日つぶせるほどのボリュームがある。

 しかし、入館して二十分後ぐらいに異常事態に気づいた。


 着いてから、アンジェリカが一言もしゃべっていない。

 今度は平板な表情を通り越して、明らかにあきれていた。

 あれ? ワシの解説が悪かったか?


「次はこのシルハ海岸出身の生物学者の――」

「もう、いい」

 アンジェリカがワシの前で、両手を斜めに交差させた。

 ×の形になっている。


「魔王、全然面白くない! せっかくこんな遠方まで来て、なんでこんなに面白くないところばかりチョイスしてるの?」

 完璧に否定された!


 ふっと、ワシの頭にフライセの言葉がよぎった。


 ――ありますよね~。本人はサービスしているつもりで、かえってマイナスになってることって。


 まさに今のワシじゃないのか!?


 どこを間違った? シルハ海岸に行きたいという話だったから、その土地に興味があると思って、その土地のことがよくわかる場所に案内したのだが、何か違ったか……?


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