76 魔王、場所取りをする
そういや、やけに暑いとも思ったのだよな……。南国の気候にいつもの服装は合わない。
「ううむ……。この服で海に入ると、ずぶずぶになってしまうな……。それはみっともない……」
「じゃあさ、魔王も海辺のお店で男用の水着を買ってきたらいいじゃん。私たちが着替えたお店で、そういうのも売ってるしさ」
「ああ、こんな土地なら、水着も置いてあるな」
「それとさ、ついでに荷物番もしてて。砂浜は広いから、そのへんで場所取りやっててよ」
「おい、どんどん要求するな――――いや……」
ワシは今、家族サービスをしているのだ。ならば、アンジェリカの言うことにもこたえねばならんだろう。
それで、ワシの印象だってよくなるはずだ。だいたい、それが目的のようなものではないか。
ワシの目はいいし、離れていても、監視ぐらいはできるはずだ。いくらなんでも、一分に一回ナンパされるなどというエンカウント率ではないだろうし。
「わかった。そのようにしよう。砂で火傷しないように布を敷いて待っていてやろう。あと、日焼け防止用に日傘も買ってやる」
「うん、ありがとね、魔王!」
アンジェリカが元気に手を振った。やはり、いつもより気分が高揚しているようだ。
「ガルトーさん、よろしくお願いします」
レイティアさんはお辞儀をしたが、そのせいで胸元が強調された。
脳内に、「けしからん」と「素晴らしい」の矛盾した感想が同時に現れた。
ワシはすぐに砂浜の後ろにある店に入った。
デカいサイズの水着と、砂浜に敷く布と日傘を購入する。試着室で水着にも着替えた。男はすぐに着替えられるので助かる。
けっこうな値段になったが、ワシから見れば些細な金額だ。あと、それと――
店の前のほうで店員が鉄板の上で麺を焼いていた。
ジュウジュウと胃袋を刺激するような音がする。これは買いたくなる。海岸での名物と言われるのもわかる。
「店員よ、その……焼きソーススパゲティというものを一つくれ」
「はい、ありがとうございます! お店で食べますか? テイクアウトですか?」
「テイクアウトで頼む」
「わかりました!」
威勢の良い声をあげて、店員は鉄板で麺を焼く作業を続けた。ソースをかけると、さらにジュウジュウと激しい音がした。
「お客さん、家族サービスですよね」
なんと、店員に見抜かれた。見た目はどこにでもいそうな若い男なのだが。
この者、まさか高名な賢者だったりするのか? あるいは心を読む力でも持っているのか?
「うむ、まさしく。しかし、どうしてわかった?」
「荷物の量が一人分じゃないですから。しかも、女性向けのバッグも荷物の中にありますよね。あと、お客さんみたいに家族の荷物番をするお父さんって多いですから」
「鋭い読みだ。感服した」
どのような土地にも賢者はいるものだな。
「ところで、家族サービスでここに来ている男は多いのか?」
「はい、なかなかの定番ですね。とくにここは温泉もありますから、お父さんやお母さんもゆったりできますし。もちろん、恋人たちも来ますけど、ここは家族連れのほうが多いんじゃないですかね」
やはり。ワシの読みは間違っていなかった。
「そこに観光マップも置いてますから、よかったら持っていってくださいよ」
土地の情報を教えようとしてくれる。本当に賢者かもしれんな。
「事前に情報は調べていたが、せっかくだし、もらっておこう」
「はい、観光マップには施設の割引券もついてますしね。はい、焼きソーススパゲティです。ありがとうございます!」
木の皮を薄く剥いで作った使い捨て容器に入ったスパゲティをもらった。
ワシは二人の居場所をまず捜した。
沖まで出ているわけでもないので、すぐに見つかった。
「そういえば、ママ、海を見たの、子供の頃以来かもしれないわね~」
「へえ。でも、私もこんなにきれいな海は初めてだよ」
波が寄せては返すあたりで遊んでいる。そこなら、ワシも目が行き届くので助かる。
場所を決めたら、布を敷く。日傘も設置する。
「うむ、なかなかのセッティングではないか。家族サービスは遅滞なく進行中だ」
二人の声もここからよく聞こえる。
「わたしの歳で水着になるのって最初は抵抗あったんだけどね」
「ママ、とってもきれいだよ。まったく問題ないって」
ワシも深く同意する。どちらかというと、美しすぎて、破廉恥な奴の視線を浴びないとか心配になる。
周囲を確認すると、通りがかる男がたまに視線をやっているのがわかる。
その都度、「何を見ているのだ!」とにらみつける。
魔王の眼力はすごいのか、だいたい、恐怖を感じて男は去っていく。
ううむ……。声をかける者まではまだいないが、注目をされているのは間違いないな。
下着姿も同然の妻と娘が見られるというのは、かなりつらいものがあるが、一方で二人を見てしまう心理もわかる。どちらもこの海岸の中で輝いている。
もともとの美しさはもちろんのこと、レイティアさんだけでなく、アンジェリカもとてもいい笑顔なのだ。
ここまで屈託のない笑みを見せている時など、家の中ではまずないと言っていい。
その笑顔がアンジェリカの内面の美しさまで引き出しているように思える。
家族サービスをしてよかった。
冒険者にも――否、冒険者だからこそ休息も必要なのだ。ここで英気を養うがいい。
ちなみに、二人のほかにも水着の女は当然、たくさんいたが――
どの者もたいしたことはないな。
まあ、少女の場合は美しさよりもかわいらしさのほうが上に来たりするので比較が難しいが、レイティアさんの美貌に勝てる者はおらん。
貴様ら、せいぜい足掻くがいい。魔王の妻にはかなわぬのだ。
ワシは日傘の下で、ドヤ顔になっていた。
暇な奴だなと思われるかもしれんが、実際、父親ってあまりやることがないので、大目に見てほしい。
じっと孤塁を守る任務――これが家族サービスというものだ。
もっとも、変な虫がつかないか監視しているので、完全には気は休まらないが。
「魔王、そんなに常に見てなくていいから!」
手を筒のようにして、アンジェリカが文句を言ってきた。
「おお、よく気づいたな!」
「勇者だから、魔王の空気を感じるのよ!」




