74 シルハ海岸に到着
数日後の朝。
朝食の時間に、旅程を家族に伝えると、アンジェリカもはしゃいでいた。
「ありがとう、魔王! 私、しっかり準備するね!」
おお! こんな純粋な「ありがとう」を聞けたのは久しぶりだ!
やっぱり家族サービスはするべきだ。この「ありがとう」の一言ですべてが報われる。
「わたしも楽しみだわ~。わたし、旅行の経験、少ないから~」
「あら、そうなんですか。レイティアさんは好奇心旺盛なので、いろんなところに行っているかと思っていました」
まさか、こんなところで知り合いと会うだなんてという場所でばったり出会いそうな気がする。
しかし、なぜかアンジェリカがすまなそうな顔でうつむいた。
「魔王、ほら、私が幼い時は、ママも旅行がしづらかったでしょ……」
ああ、そういうことか。女手一つで娘を育てるとなれば、気兼ねなく旅行というわけにもいかない。
「しかも、私が成長すると、今度は私が冒険者になって家を空けてばかりいたでしょ。だから、ママは旅行する機会がないままだったのよ」
「アンジェリカ、ママはあなたのことを責めたり、恨んだりしたことなんてないわよ。ただ、きっかけがなかっただけ。自分が悪いように言わなくていいの」
もちろん、レイティアさんはフォローを入れる。
これはレイティアさんの本心だろう。そもそも、旅行って頻繁に行う者と、ほとんどやらない者で差が激しいしな。移動が疲れるからといって、地元からほぼ動かない奴だって多い。
「うん、そうかもしれない。けど、冒険者になってからも、ママを旅行に連れていってあげることぐらいはできたわよね。魔王が旅行を計画した時にね、その発想が自分にはなかったなって思ったの」
ワシもフライセの何気ない一言で気づいたぐらいだから、発想としては持ってなかったので、同次元なんだけどな……。
でも、アンジェリカがレイティアさん想いだということがわかって、結果的によかった。
「アンジェリカ、お前の歳で親孝行を考えることはそうそうない。旅行に連れていってあげればよかったとか思った時点で、お前は立派な娘だ」
ワシがアンジェリカぐらいの時はそんなこと、意識したこともなかった。
「そうよ、アンジェリカの愛はママ、いつも感じてるわ」
「ママも魔王も恥ずかしいこと言わなくていいから! 娘としてやりづらいわよ!」
アンジェリカは赤面していたが、まんざらでもなさそうだった。
「じゃあ、ママ、一緒に旅行の準備しよっか!」
「うん、お願いするわ、アンジェリカ」
母と子で準備をする。うん、これもかけがえのない人生の一ページではなかろうか。
ワシのほうはとくに用意するものもないので、シルハ温泉付近の観光情報でも調べていた。
早く、連休よ、来い!
あと、できれば温泉にいる間は晴れてくれ!
●
連休に入って、ワシらはシルハ温泉を目指して旅に出た。
ちなみに今回は特急馬車を使っての移動だ。これがまっとうな交通機関だと一番速い。
魔王のワシは騎乗用ワイヴァーンなども持っているが、アンジェリカはともかくレイティアさんを乗せるのは危ないからな……。とんでもない速度を出すので、慣れないと怖い。
あと、早く着けばいいというものでもない。旅情も含めての旅行だからな。
なので、ワシ一人だけ事前にシルハ温泉に行っておいて、旅行の日になったら空間転移魔法で二人とともにワープするという方法もとらなかった。
移動時間はなくなるが、旅行の雰囲気がどこにもなくなる。
レイティアさんが疲れないように、適宜、休憩時間をくわえながら、ワシらは目的地を目指した。
アンジェリカもこれが冒険者の旅ではなく、家族旅行だと認識しているようで、多少ゆっくりしていても文句を言わなかった。むしろ、レイティアさんをいたわっている様子だった。
やはり、家族旅行を計画してよかった。到着する前からワシは満足している。
途中の宿もゆったりできる広い部屋をとった。
そして、ちょうど太陽が真上にのぼる頃――
ワシら家族はシルハ温泉の白い砂浜に到着した。
いや、これはシルハ海岸というべきだな。
「うわあ! 本当に砂が白い! 海もすっごく鮮やかな青だし!」
アンジェリカのテンションがひときわ高くなっている。
それもそうだろう。ワシですら絶景と思うほどだ。
観光客も多い。泳いでいる者の姿も見えた。
「本当に、ここ、天国かなんかじゃないの? 冒険者が潜る、じめじめした洞窟とは正反対!」
「洞窟と比べるなよ。ここの海もそんなところと比べられると思ってないぞ」
「もう、私、洞窟に潜れないかもしれない」
いかにも、冗談という調子でアンジェリカが陽気に笑った。
「おいおい、それじゃ冒険者は廃業するしかないぞ」
海岸の真後ろには細かな意匠にも金をかけたというのがよくわかる、豪華なホテルが並んでいた。
そんなホテルの中でも、とくに高級なところにワシらは宿泊する。ここで魔王の財力を使わずにいつ使うのか。
「うむうむ。こういったさわやかな土地は人間の国土でしか見ることがないからな。ワシも楽しいぞ」
天気も快晴と言っていい日だ。まぶしすぎて、魔族にはつらいぐらいだ。まあ、一部の連中を除けば太陽を浴びるとダメージを受けるだなんてことはない。
ただ、なぜだろう。
どうも、胸騒ぎのようなものを覚える。
不都合なことがこの海岸にあるような……。
こういう感覚はよく当たるのだが、それが何かはわからないんだよな。もやもやする……。
「じゃあ、魔王、私とママは少し行ってくるから、ここで待ってて」
「待つのはいいけど、行くってどこに――」
もう、アンジェリカはレイティアさんの手を取って、走っていってしまった。ただ、ワシの目でもわかるぐらいに近くの店の中に入っていった。
海岸を使う観光客用に簡単な料理でも出す店だろう。たしか、焼いてソースで味付けした麺料理が有名らしい。有名といっても、あまりおいしくはないというから奇妙な話だ。
そして、しばらく待っていると――
「魔王、お待たせ!」
水着姿のアンジェリカとレイティアさんが走ってきた!




