71 魔王、焦げたベーコンを食べる
翌朝、ワシはいつもより少し早く起きた。
今日はワシが食事当番の日だからだ。家事もそれなりにやる。それがワシのポリシーである。
レイティアさんのためというのが当然最大の理由だが、アンジェリカにワシを親として認めさせる意味合いもある。親といえば子の料理を作る存在だからな。
だが、ベーコンが焼ける匂い、むしろ、多少焦げた臭いが漂ってきた。
アンジェリカが台所にいた。
「あっ、魔王、おはよう……」
少し、ばつが悪いのか、アンジェリカはすぐに顔をそらした。
「なんで、お前が朝ごはん作ってるんだ? いや、別に作ってもらっても困りはしないが」
「昨日、頭をリセットしようと思って、いつもより早く寝たら、かなり早く目覚めて、落ち着かないから料理でも作ろうかなって」
アンジェリカは顔を赤くしている。おそらく、昨夜の悩み相談(というより、答えを教えろって無茶振り)を思い出しているのだろう。
「昨日はごめんね、魔王……。私も正常な判断ができてなかったわ……」
うん、あれが正常な状態だったら怖い。むしろ、正常にするために精神支配系の魔法が必要になるかもって思うところだった。
「落ち着いたようでなによりだ。ところで、直近の問題があるんだが」
「何よ」
「ベーコンが焦げている」
「あっ! ほんとだ!」
あわてて、アンジェリカは火を止めた。ちなみに火炎魔法で調理していたらしい。
「まあ、もったいないし、これは魔王の分にしとくか」
「父親を嫌うのはまだいいけど、ないがしろにしていく方向はやめろ」
焦げたベーコンとか健康に悪いだろ。魔王だから、ほぼ影響はないが。
レイティアさんが起きてくる前に少し話をしておくか。
飲み水をコップに入れながら、アンジェリカに言った。
「自分ではいい判断が出せそうにないから、ほかの人間にアドバイスを求めること自体は悪くないぞ。混乱したまま、決定するよりはずっといい。その調子で慎重にやれ」
「そうね。パーティーの今後を左右する重大問題だもんね。もっと時間をかけて決めるわ」
「そうそう。あと、パーティーの中でも話し合って結論を出せ。相談なら乗ってやる。あくまで、相談な」
「わかってるわよ。もう、昨日みたいなことはやらない。ところで、魔王、すごく焦げてるベーコンとまあまあ焦げてるベーコン、どっちがいい?」
すごく焦げてるほうは、もう、肉だった何かになってる……。
「まあまあのほうにしてくれ」
●
その日の夜から、またアンジェリカは特訓をつけてくれと言ってきた。
少なくとも、表面上はまたアンジェリカはいつものように戻ったということだ。
まだ、剣のほうは心の乱れが出ていたが、それはしょうがないだろう。
――そしてさらに三日後。
夜の特訓が終わった時のことだった。
「魔王、今日ね、私、パーティーで集まって話し合ってきたの」
「ああ、そうか」
アンジェリカはそんなに深刻な顔をしていないから、救いはあるという予想はついた。
「みんな、それぞれ謝って、今後ともこのパーティーでやっていこうってことになったよ。というわけで分裂の危機は避けられたわ」
はにかみながら、アンジェリカは言った。
「よかったな」
ワシとしてはこう言えば十分だろう。事細かな批評は求められてない。
「もやもやしたものはみんな残ってる気もするけど、今、パーティー解散っていうのはよくないなってところでは意見が一致してた感じ。早まるとろくなことがないしね」
「そういうもんだ。解決不可能な問題でもないなら、保留にしとくのもいい手だ」
アンジェリカのパーティーが今後、どうなるのかは本当にわからない。
だいたい、多感な世代の集まりだからな。もめることのほうが自然だろう。メンバー脱退や加入、解散といろいろあってもおかしくない。
けど、それもまた経験だ。
失敗と思えるようなことでも、挫折と思えるようなことでもいい。致命的な問題にならないなら、いつかその失敗や挫折を薬にして、自分を成功に導けるものだ。
――なんてことを口にすると、あまりにも説教臭いので言えないが。
「魔王、ありがとうね」
「どこまで本心かわからんが、受け取っておく」
アンジェリカが右手を出してきたので――
ワシも手を出して、ぱんとハイタッチをした。
●
少し夜更かしして、ダイニングでちびちびと葡萄酒を飲んでいた。
いいことがあった日は長く一日を楽しみたいのだ。
そこにレイティアさんがやってきた。
「わたしもご一緒していいですか~?」
レイティアさんの手にはグラスがある。
「ええ、もちろん。大歓迎です」
ワシはさっとそのグラスに葡萄酒を注ぐ。
「あの子のことでは大変な目に遭わせちゃいましたね」
くすくすとレイティアさんは笑う。アンジェリカもあまり見たことがない母親としてのレイティアさんの顔だ。いつもほどに、のほほんとはしていない。
「これも父親の役目です。むしろ、あんなじゃじゃ馬を一人で育ててきたレイティアさんには頭が上がりませんよ」
ぶっちゃけ、魔王の仕事より難しい気がする。硬い仕事って落としどころが明確なことが多いが、子育てに正解なんてないしな。
「いえ、それがそうでもなかったんですよ~」
レイティアさんは微笑むが、これは素直に信じていいのかな……。
「だって、あの子、私の前ではあまり苦労かけないようにと気丈になってるところがあったんですよね。だから、あまり泣き言も言ってこなかったんですよ~」
ワシは「あっ!」と声を出した。
そうか、アンジェリカはアンジェリカなりにレイティアさんのことを考えて生きてきたんだ。
片親で大変なのは、親のほうだけじゃない。子供だってそうなのだ。
「だから、あの子もあなたになら甘えてもいいかもって思ったってことですよ。これからも甘えてくるかもしれないから覚悟してくださいね~」
義理の娘にべたべたくっつかれるのも落ち着かんが、こういう甘え方というのも大変だな……。
「はい、そこは努力します……。親ですから……」
「今後とも頑張りましょう~」
ワシはレイティアさんが近づけてきたグラスと自分のグラスをかちんと合わせた。
パーティー分裂の危機編はこれでおしまいです。次回から新展開です!




