69 勇者、バランスを失う
パジャマパーティーも無事に終わったらしく(無事じゃないパジャマパーティーとかあまりないと思うけど)、またアンジェリカはダンジョン探索に行ったり、剣の練習をしたりといった、冒険者らしい生活に戻った。
冒険者という職業上、難易度の高いダンジョンに向かう時は心配もしなくはないが、勇者という冒険者におけるプロとも言える立場なわけだし、あまり心配しすぎるのもかえって失礼というものだろう。
それにパジャマパーティーをやるほど仲のいい友達が危険に陥るような無理な探索はしないだろう。
人間は自分の命を軽視する者もいるが、そういう奴も大切な友達が周囲にいれば、そうそう無茶はしないものだ。
だから、ワシは安心しきっていた。
「ねえ、魔王、ちょっと、あとで話聞いてもらっていい?」
夜の剣の特訓の時にアンジェリカにそう言われた。
「何かあったのはすぐわかった。動きが散漫だ。そんな態度でダンジョンに入ればケガの元だぞ」
剣というのは一瞬の隙で勝負が分かれるものだ。ほかに気をとられているようだと、よほど実力差が離れてない限り、即座にわかる。今日の特訓をやる前からわかった。
「今の状態で練習を続けても無意味だ。話を聞くから家に入るぞ」
「じゃあ、魔王の部屋で話すわ……。あまりママに聞かれたくないし……」
ワシの部屋に入ってくるとか、ちょっと今まででは考えられんことを言ってきた。
相当、深いわけがあるようだな。心して聞こう。
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「実は、パーティーでケンカがあったの」
「ああ、そんなところだと思ってた」
正直に答えたらにらまれた。
「なんで、魔王が把握できてるのよ!」
「いや、ワシ、人生経験は長いし……」
ちなみにワシは自分の椅子に、アンジェリカはワシのベッドに座って対面する形になっている。応接スペースではないので、複数の椅子がないのだ。
「女子三人でやけに固まってたからな。密接な分、小さなことでもめることもある」
可能性として男がらみということはなさそうなんだがな。
だが、違うパーティーの男に誰かが恋をして、そこから三人の関係性がおかしくなるとかってこともあるかもしれん。
もっとも、アンジェリカに好きな人ができたみたいな話が来ることは最初から心配してない。
なにせ、一緒に暮らしているうえに、剣に加え、今では魔法の特訓もやってるからな。
意中の相手でもできようものなら必ずそれが態度に現れる。そこで冷静にはいられないものだ。
「ううん、セレネともナハリンとも仲はいいよ。また、パジャマパーティーやろうねって約束をしてたぐらい」
あれ?
思っていたのと違う。
「だったら、人間関係でおかしくなる要素とかない気がするんだが」
「でも、そのパジャマパーティーがケンカの発端なの……」
もっと詳しく話を聞かないとわからないな。パジャマの柄でもめたりしたのか?
「パジャマパーティーの話を三人でしてたら、武道家のゼンケイも参加したいって言ってきて……男の娘キャラはあくまでも男だからダメだって話になって……」
すごい飛び火の仕方した!
だが、ゼンケイの参加を禁ずるのはわかる。
あいつ、アンジェリカに告ったことがある。つまり、女子っぽい格好をしていても、あくまでも男の立場で女が好きなのだ。
じゃあ、男子禁制のパジャマパーティーには入れるわけにはいかないだろう。
「それでゼンケイが怒ったの。最近、三人でつるみすぎだって。五人でパーティーなのにそのことを忘れてるんじゃないかって。ナハリンが、いや、お前もジャウニス抜きで四人でパーティーしようとしてただろってツッコミ入れたけど」
「ナハリン、落ち着いて対処したな……」
たしかに自分たちは五人パーティーじゃないかってそこで言うのは、論点が違う。
「そこにジャウニスがやってきて、自分も最近、パーティーが女子三人と男子二人に分裂してるように感じることが多いって言って……ゼンケイが、男子二人で同じグループみたいに言うなってジャウニスに文句言って……」
まさかの3対1対1の対立になった!
「そのあとは、私も男子のがさつなところに文句言っちゃって収拾がつかなくなって……私とセレネとナハリンの三人、ゼンケイ、ジャウニスで分裂しちゃったの……」
こんな弊害が起きるとは……。
ワシは天を仰いだ。室内だから天井を仰いだ形になったが。
アンジェリカは教育を受けて賢くなったし、それで女子グループと今まで以上に仲良くなることができた。それは大変よいことだと思う。
だが、その結果、パーティー間でのバランスが崩れてしまったのだ。
これまではアンジェリカの行動様式がかなり雑というか、女子っぽくないところがあった。それでいて、あくまでも女子は女子なので、アンジェリカがセレネやナハリンと対立することもなく、男二人の意見も把握しつつ、ちょうどよいバランスになっていたと思われる。
しかし、アンジェリカが知的になったことにより、三人での女子グループが形成されてしまった。で、このグループがパーティー内の過半数を取ってしまった。
そのせいで、アンジェリカが持っていたパーティー内の調停機能がなくなってしまったのだ。
そして、ついに破局……。
うわあ……。ワシはアンジェリカを甘く見ていた。ただの脳筋の勇者だと思っていた。
むしろ、そこが重要だったのだ。
脳筋の勇者だけど女子というポジションにいたから、あのパーティーをまとめあげることができていた。
娘に学を教えることは絶対的に正しいことだと思って、何も疑ってなかった。もちろん悪いことだとは今でも思ってないが、それで人間関係にダメージが生じることだってあるのだ。そこまで考慮してなかった。
「ねえ、魔王……私、どうしたらいいかな……?」
ふわっとした、かなり抽象的な質問だったが、だからこそアンジェリカが悩んでいることが伝わってきた。
どうするべきか、本当に苦しんでいるのだ。
ワシは思わず、手を握りしめた。魔王なので岩がてのひらにあったら粉砕していただろう。
これは親としてのワシの真価が試されている!




