67 勇者パーティー、女子会のノリになる
気づいたら、ワシはドアの壁に耳をつけてしまっていた。
そんなことしなくても、声はちゃんと聞こえるのだが、あまりにも気になってこういう行動に出てしまったのだ。たしかに、よりはっきりと聞こえるといえば聞こえる。
「その、このようなことを言うのは僭越ではあると思うのであるが……」
神官のナハリンが前置きをしたうえで、こんなことを言った。
「……近頃のアンジェリカはずいぶんと賢くなったな……」
だろうな!
以前、セレネとナハリンに家庭教師についてもらったし、近頃も古代魔族語の勉強もした。
これまでの脳筋キャラとはまったく違うはずだ。
まだ知的キャラというほどではないと思うが、バカではなくなっている。
「それはわたくしも実感していますわ。難しい表現も増えたというか。昔は戦闘時の指揮も『バーンとやっちゃって』とか『そこをダーッと進んで、背後からバシュッと決めて』とかだったのに」
おい、そんなので、よく魔王であるワシのところまで来れたな!
「つい先日の洞窟でも『そこはさりげなく衒学的に、どことなく高踏的に戦って』とか『金城湯池の難関を鎧袖一触で突破するつもりで挑んで』などと言ってましたわね」
語彙力は増えてるけど、意味がいまいちわからんぞ。
とくに前者は何なんだ。衒学的とか高踏的って言葉が使いたかっただけだろ。知った言葉をすぐに使いたがる奴みたいになってるぞ。
「うむ。指揮としてのわかりやすさはむしろ下がってしまったが、表現力はついた」
ナハリン、それは褒めてない。冒険者として大事な点が悪化している。
「そうですわね。これまでは歳の離れた妹と話すような気持ちがないわけではなかったのですが、急にアンジェリカが大人びた印象は受けますわ。わたくしたちの家庭教師の効果なんでしょうか」
うん、その影響は大きかったはずだ。
それでアンジェリカのメンタリティにも変化が生じた可能性はおおいにある。
「そうなのね。そういうの、自分自身だとなかなか気づかないものだから。私としては粉骨砕身、一意専心、徹頭徹尾、勇者としてのつとめを果たすべきだし、剣ももっと電光石火の速度を出したいところだわ」
覚えた言葉、使いたすぎだろ。
ていうか、お前、日常でそんなに堅苦しくしゃべってないだろ。友達の前で背伸びするな……。
「こほん……。今のアンジェリカはアンジェリカでかなり問題ではありますけどね……」
さすがにセレネも指摘した。
面と向かって話していたら、うっとうしくはあるだろうな。
「とはいえ、ゼンケイとジャウニスとしゃべっていて壁を感じるという気持ち、わからなくはないですわ……。わたくしも過去に何度かそういったことはありまして……」
むっ? セレネもそれを認めたぞ……。
「実は拙僧も何度か……。神に仕える者として他人を侮るなどということはよくないのだが……」
ゼンケイも告白したぞ。
どうも、話の流れがおかしなことになってきた気がする……。
「いや、ほら……ゼンケイは武道家ですし、ジャウニスは盗賊じゃありませんか。どちらも学問的な知識を必要とする職業ではありませんでしょう。むしろ、現場での体験知というか、言語化しづらい知識を使う職業ですわ」
セレネの意見にワシも同意する。
同じ冒険者でも必要とされている知識の質がまた違うのだ。
「きっと、壁を感じるのもそのせいですわ。やむをえないことですから」
うん。これで話も無事に収まったな。
「でもさ、あの二人はやっぱ、バカじゃない……?」
アンジェリカ、お前、話を蒸し返すな!
「前、ジャウニス、ギルドに入った時、掲示板の紙、読めてなかったのよね……。そこまでいくと、支障があるでしょ……」
「そうですわね……。それはちょっと……」
「ジャウニスとゼンケイには拙僧も勉学を進めたのだが、聞いてもらえなかった」
あっ。
巨大な石の球が坂道に差しかかって、一気に転がっていく様子が脳内にイメージされた。
そこから先は女子三人によるパーティー内メンバーのディスに終始した。
ディスは言いすぎか。別に本気で人格批判してるわけでもないんだよな。
城に勤務する女子の魔族でも「ほんと、うちの部署の男たちって、どうしてあんなに子供なんだろうね」とか言うけど、そういうのに近い。おそらく世の夫も知らないところで、妻の女子の集まりで似たことを言われていると思う。
なかば諦めに似た軽い悪口だ。恨んでるわけでも、別れようとしてるわけでもない。
ただ、冒険者パーティーでもこういう話になるんだなというのは新鮮だった。
「うちのパーティーの男も、デリカシーがないのよ。トイレ休憩を設定せずにどんどん先に行くし」
「そこはゼンケイもやっぱり男なんですわよね」
「ジャウニスは一度、水浴びをのぞきに来ようとしたことがある。拙僧が止めた」
「えーっ! それは信じらんない!」
「ちょっといきすぎですわね」
もし、のぞいてたら、ジャウニスは始末するところだった。
とはいえ、まさかこんなに見事な女子会になってしまうとは……。
女子の怖さをうっすらと感じた。
レイティアさんも村の主婦たちと集まったらこんな話をしているんだろうか?
いやいや、レイティアさんのことだ。それはない。ないはずだ……。ワシ、とくに加齢臭とかもないし……。
――と、ドアが急に開いて、ワシは前に倒れそうになった!
レイティアさんがドアを開けていた。
噂をすれば影!? 否、噂をしたわけではない!
「あら、ドアに寄りかかってたんですか? 疲れたりしました?」
「大丈夫です……。元気ですよ……。偶然、ドアを開けるタイミングと重なってバランスを崩しただけです……」
うん、レイティアさんはいつもどおりだ。きっと、どんな場所でもこのおっとりした雰囲気なのだ。
「今からセレネさんとナハリンも入れて、みんなでごはんにしようかと思うんだけど、どうです?」
「ああ、それはグッドアイディアですな! ぜひ、ご一緒させてください!」
ひとまず、聞き耳を立てていたことはバレてないのでよかった。




