66 魔王、娘の悩みを聞いてしまう
午後からはフライセも真面目に働いたので、けっこう仕事は進んだ。
素直に仕事をしてくれればいいんだが、どうも私語が多いんだよな……。かといって、全員無口でペンを動かす音だけ聞こえるとかも職場の空気として問題だし、こんなもんでいいのか。
ワシも今日は定時上がりだ。家族との時間を長くとりたい。
まだ家のある農村は日が高かった。
魔族の土地の難点はだいたいいつもどんより暗いということだ。そのせいか、鬱病の患者率が高いとかいう話もある。魔族も日光に当たるほうがいいんだ。たまに日光が体質的にダメな奴もいるが。
帰宅すると、複数の若い女子の話し声が聞こえてきた。
テーブルを見てすぐにわかった。
アンジェリカと、同じパーティーの女魔法使いセレネ、それに女神官ナハリンだ。
なるほど、ガールズトークか。そういうのもいいんじゃないか。
「それで、その神殿には秘密の地下通路があるという」
「え~、絶対ウソでしょ。ナハリン、そんなの信じてるの?」
「経典に書いてある。一笑に付すことはできない」
ナハリンは見た目は子供のようだが、立派な神官である。アンジェリカに話を否定されて、少しむっとしている。そのあたりの態度も子供っぽい。
「まあまあ。そういう伝説もロマンがあっていいと思いますわ」
女魔法使いのセレネがフォローを入れた。
パーティーの中では一番大人びていて、とくに女子グループのリーダーという印象がある。とくにアンジェリカが向こう見ずに突っ走るタイプなので、手綱を引いてくれる存在が必要なのだ。
「伝説と言えば、勇者にもいろんな伝説がありますわよね」
「大半がデタラメよ。とくに奇跡みたいなものも起きたことないし」
「今のおぬしが魔王の後継者となっていることが奇跡そのもの」
ぼそっとナハリンが言ったが、それはそのとおりかもしれない。
あまり盗み聞きみたいになってもよくないし、自室に移動しておくか。
セレネとナハリンもワシに気づいたようで、会釈をしてきた。あくまでもアンジェリカの父親として認められているようだ。
――ただ、自分の部屋に入っても、まあまあ声が聞こえてきた。
これは家がボロいのではなく、魔王だからすべてのステータスが高いせいだ。ぼそぼそと隠すようにしゃべってるわけでもない声なら、ドア一枚隔ててるだけではまったく意味がない。
しょうがないな……。耳をふさぐのも変だしな……。
「いや~、あのさ~、ちょっと込み入った話になっちゃうけどいいかな?」
「好きなだけ話すがいい。悩みを聞くのも神官の仕事」
「同じパーティーですもの。あまり隠し事はないほうがよいですわ」
「これ、私だけの感覚かもしれないんだけど、私、以前より二人と話が合うっていうか、冒険者としての話以外もいろいろできるようになったなって思うの」
「なるほど。わからなくもない」
「そうおっしゃっていただけると、わたくしもうれしいですわ」
なんだ。とてもいい話じゃないか。
アンジェリカは二人の間に友情を感じ取っているんだろう。
「でもね…………その……」
そこでアンジェリカの声の調子が変わった。
これは言い出しづらいことを言う前兆だ。
「武道家のゼンケイと盗賊のジャウニスとは前と比べて話が合わなくなってきたっていうか……。何か違うような感じが多くなってるっていうか……」
ゼンケイというのは見た目が女子みたいな男の武道家だ。一度、アンジェリカに告白して振られたことがある。
ジャウニスはなんかチャラい感じのいけすかん男だが、案外、根は真面目のようだ。
だが、その二人と話が合わないというのはどういうことだ?
ゼンケイのほうは告白されるという一件もあったから変に意識しているのかもしれんが。
「それはお二人とも男だからじゃないですの? 女子の価値観と合わないのもしょうがないですわ」
「もっとも、ゼンケイは女子の価値観を持ってはいるが」
たしかにゼンケイの立ち位置はなかなか難しいよなあ……。
「ただ、男女の違いというのはある。それでおぬしが噛み合わぬと思うのは自然なこと。そう、気にしすぎることもない」
セレネとナハリンの意見はどちらもアンジェリカをフォローするものだ。
ワシも同意する。むしろ、これまでアンジェリカが勇者という職業上、男まさりなところが強かったのだ。
別にしとやかになったとかは思わないが、男女の差を実感することだってあるだろう。
「違うの……。そういうのとは、また違うの……。それは本当だから……」
どうもアンジェリカのほうも、男女の性別の違いで説明されるのはわかっていたらしい。この否定の仕方はそれを想定したものに聞こえる。
「こう言うの、失礼だとは思うんだけどね……。最近、ダンジョンに行ったりしても、ちょくちょく感じちゃうことがあるんだ……。ゼンケイもジャウニスもあんまり賢くないんだなって……」
かなりためらいながらアンジェリカが発言したのはよくわかった。
むしろ、声しか聞こえないからこそ、強くそう感じた。
「おかしいよね。私だって魔法の勉強をたくさんしてきたセレネや神官として経典をたくさん読んだナハリンと比べたらバカなんだよ。最低限の魔法が使えるぐらいでさ、強引に勇者になっただけでさ。だけど、近頃、急にゼンケイとジャウニスの会話のレベルが低く感じるようになって……壁があるように思えちゃって……」
ワシはごくりと唾を飲んだ。
この悩み、想像よりも深いかもしれんぞ……。
「え……。アンジェリカ、突然何をおっしゃいますの……。あの二人はバカというわけではありませんわよ。だから、ずっとパーティーとして機能してきたんじゃありませんの……」
「うむ……。こういった気の迷いはよくあるもの。いずれ、消える……」
フォローする二人の声にも動揺が読み取れる。
そして私はこうなった原因にほぼ確信を持っていた。
アンジェリカが近頃、勉強をするようになって、賢くなってしまったせいだ!
それでパーティー内の教養がある側のセレネとナハリンのほうと話が合うように変化してしまったのだ!




