64 勇者、爆発魔法を習う
アンジェリカは本当に真剣に爆発魔法の勉強をした。
レイティアさんも「こんなに熱心に机に向かってるアンジェリカを見るのは初めてだわ~」と言っていたので、間違いない。
ちなみに机に向かっているのは、古代魔族語の勉強が必要だからである。
「ねえ、発音さえすればいいんじゃないの? なんで古代魔族語の書き取りが必要なの?」
ワシが城から持ってきた『古代魔族語入門』『イチからスタートする古代魔族語』といった本を前にアンジェリカも最初は文句を言っていた。
「詠唱も必要だが、その時に頭に言葉がイメージできないと、上手く発動せんことがある。それに爆発魔法以外の魔法を覚える時に近道にもなる」
この言葉は七割が事実だが、三割ほどウソが交じっている。
せっかくだし、古代魔族語自体を覚えさせてしまおうと思った。
古代魔族語に詳しいということを示せば、多くの魔族もすごいと感心するだろう。
皇太子という立場上、アンジェリカに興味を持つ魔族も増えるだろうし、それにふさわしい知識をつけさせておくほうがいい。
「わかったわ! 以前より私は賢くなってるし、これぐらいやれる!」
そして、黙々とアンジェリカは古代魔族語に取り組んだというわけだ。
書き取りなどはアンジェリカが自力で、発音の指導はワシがやった。
「ヴィアーベ……」
「違う、違う。最後はもっとノドの奥からはじき出す感じで。あと、途中ももっと巻き舌のほうがいい。ヴィアウァーヴェだな」
「ヴィアァーヴェ? こう?」
「まだ、違う。ヴィアウァーヴェだ」
「やたらと難しいわね……」
慣れない言語の文法はきついと思うが、それでもアンジェリカはついてきている。
「ワシの発音も完璧かというと怪しいしな。よし、魔族の家庭教師でも雇うか。週二ぐらいで来てもらえば、かなり効果があると思うぞ」
「えっ? 魔族の家庭教師……? あんまり魔族に慣れてないのよね……」
そりゃ、親が教えるのと比べるとハードルが高いからな。知らない奴がやってくるわけだから抵抗もあって当然だ。こっちとしても無理強いをする気はない。
「あくまでも、選択肢を提示しただけだ。家庭教師を呼びたくないならワシがこれからも教える。爆発魔法を使えないと生活に困るわけでもないし」
「ううん……やる! もっと勉強して強くなりたい!」
アンジェリカが力のある声で言った。
うれしかった! 今のアンジェリカは成長しようとしている! 大きな壁を乗り越えようとしている!
「よーし! 最高の家庭教師を呼んでくるからな! 待っていろよ!」
ワシは高い金を払って、家庭教師会社の人気ナンバーワン教師を招聘した。
メガネをかけた女の魔族だった。角が一本しか生えてないところは珍しい。メガネのせいか、トルアリーナに雰囲気は似ている。
「アンジェリカ、この方が家庭教師だ」
「ラヌエヌです。よろしくお願いします。偏差値二十のゴブリンをトップレベルの大学に入れたこともあります」
「予想以上にすごいわね……。よろしく……」
「はい。全力で教え込んでいきますからよろしくお願いします」
ワシはアンジェリカの部屋を出た。レイティアさんが部屋のすぐ前にいた。様子が気になったのだろう。
「あの子、これまで家庭教師をつけるだなんてまったく考えてなかっただろうから、上手くいくのか心配だわ。先生に怒ったりしないかしら……」
「ここは娘を信じましょう。アンジェリカの口からやると言ったんですから」
「そうね。あの子の人生だものね。私たち親は見守るだけだわ」
はからずも受験生の子供を抱える家庭みたいな空気になっている。
ちょっと前まで剣の特訓をしてたはずなんだがな……。かなり、脇道にそれたというか、変質したというか……。
でも、いい。
アンジェリカはまだまだ若い。若いうちに挑戦するというのはいいことだ。仮に挫折してもそれはそれで人生の糧になる。大人になって挫折するより傷の治りもずっと早い。
「あなた、お茶をいれましょうか?」
「あ、じゃあ、お願いします――あれ、あなたって?」
久しぶりにそう呼ばれた。
「ふふふ、しばらくあの子は勉強で部屋から出てこないでしょ」
「あ、そ、そうだな、レイティア……さん」
呼び捨てにする勇気は出せなかった。
でも、アンジェリカが頑張ることで、家族の結束が強くなった気はする。
●
そして一か月後。
家族三人と家庭教師のラヌエヌさんが外に出ていた。
アンジェリカは魔法使いを意味するローブを勇者の服装の上から軽く羽織っている。
「では、アンジェリカさん、はじめてください」
ラヌエヌさんがそう指示した。
「はい、先生!」
アンジェリカは古代魔族語の詠唱を行っていく。
ワシが最初に聞いた頃とは比べ物にならないほどにきれいな発音だ。
途中でつまずきそうなところもノーミスで言葉を紡いでいく。
最後に右手を前に突き出す。
――ブオンッ!
小さな爆発とともに庭に生えていた雑草が吹き飛んだ。
威力はまだまだ知れているが、爆発魔法成功だ。
「やりましたね、合格ですよ!」
いつもは落ち着いているラヌエヌさんも声が上気していた。
「やったー! これでいろんなものを爆発させられるわ!」
アンジェリカも無邪気に喜んで、そのままレイティアさんに抱きついていた。
「よかったわね、アンジェリカ。お祝いをしなきゃいけないわね」
「私、どこに出しても恥ずかしくない勇者になるよ!」
それから、ちょっと付け足すようにこう言った。
「……それと、魔王にもなるかもしれないし。その時の準備もしておかなきゃ」
ああ、爆発魔法を覚えたかったのはそんな意図だったのか。
ついつい、派手な攻撃魔法にあこがれていただけだと思っていた。そんな父を許してくれ。
でも、それからしばらく――
夜に爆発音がやたらと聞こえるようになった……。
ワシは家の外に出る。
「おい、近所迷惑だからあまり爆発魔法を試すな!」
「ごめん、ごめん。あと一回だけ!」
アンジェリカは爆発魔法を遊びで使うようになっていた……。
やっぱり、心の教育も並行してやるべきかもしれん……。
魔王、娘を特訓する編はこれでおしまいです。次回から新展開です! 小説一巻発売中です!




