62 魔王、妻が実は強かったと知る
そのあとも、レイティアさんはカゴいっぱいになるまで果実の収穫を行った。
「はい、こんな感じでいいかしら~♪」
最後は、後ろからやってきた蔓も――
「はい、ちょっきん♪」
と腕だけを伸ばして、振り向きもせずにハサミで切った。
凄腕にもほどがある。
「ママ……実は暗殺者だった過去があるとか、そんなことないわよね……? 娘への隠し事はやめてね……?」
「そんなことないわよ。ただ、ダンスを習ってただけって言ったでしょ」
「いやいやいやいや! ダンスだけでこんな技術、身につかないわよ!」
ここはアンジェリカに同意したい。おかしい……。少なくともただの主婦では絶対にない!
「レイティアさん、ちなみにどんなダンスを……?」
「あ~、いわゆる剣舞ってやつだったと思いますよ~。ナイフとかを持って踊るのよね~」
少し謎が解けた!
「そういえば、かつてはこれを使って暗殺に利用するケースなんかもあったって話ね~。もちろん、わたしはそんなことはしてないわよ~。だって、血を見るのって怖いじゃない」
レイティアさんはおっとりした調子で言った。
ただ、月明かりを浴びてハサミが光ったので、多少おっかなかった。
「ねえ、魔王……。ママの実力って冒険者だとどれぐらい?」
小声でアンジェリカが聞いてきた。
「魔族の城の防犯用の植物を手玉にとるということは、かなりの反射神経を持っている……。冒険者としてやっていけるほどの攻撃力はないのかもしれんが、新人冒険者パーティーぐらいは叩き潰せるだろう……」
アンジェリカが女勇者になれた理由の一端が明らかになった。
人間、努力だけではダメなのかな……。確実に素質を受け継いでるよな……。
「はい、二人とも、もぎたてはとくにおいしいわよ~♪」
レイティアさんが「束縛の樹」の果実を差し出してきた。
ハサミという凶器を所持している状況なので拒否しづらい空気がある。いや、妻が刺してくるかもなんてわずかたりとも疑ってないけどな!
がぶりとかじると、たしかに果汁が口の中に広がる。
「ほどよい酸味と、それを上回る甘さ……ジュースにしてもおいしいですね!」
「見た目はドス黒いのにすごくいけるわ! 植えて正解だった!」
「でしょ~♪ 近くの家にも配ってまわろうと思うの~♪」
周囲の自然環境がこの外来植物のせいで変わるおそれもあるが、おいしい実もできることだし、いいかな。
ただ、レイティアさんの知られざる秘密に気をとられていたが、家長としてやっておいたほうがいいことがあった。
「レイティアさん、そこの敷地から外に出る道をふさぎかけてる果実だけ、先にとってしまってもらえますか?」
「は~い♪」
レイティアさんはハサミを持って、舞いながら、収穫作業を行った。
表情は常に変わらず、慈愛で満ちている。
そこに刃物があるので、かえって違う怖さがあった……。
数分でそのあたりの果実はすべて取り尽くされた。
こころなしか樹木のほうも気落ちしているように感じられる。せっかく生やしたのに、全部回収しやがってとでも思ってるかもしれん。
でもな、果実を回収したのはせめてもの慈悲だ。少しばかり間引かせてもらうぞ。
ワシは右手を前に突き出した。
ぼそぼそと詠唱を行う。
この魔法は誤作動を起こさないために、昔から詠唱形式のものしかないのだ。
威力は最小のもので十分だろう。人一人か二人が通れる幅が開けられれば十分だ。
――ズバンッ!
鼓膜に響く音とともに、通路をふさいで繁茂していた枝の部分が爆発する。
枝や葉が周囲に散った。
爆発魔法を使って、道をこじ開けた。
炎系統の魔法だと、延焼して樹木が全滅したり、最悪、家に燃え移るかもしれん。狭い範囲を破壊するのはこれが最適解だろう。
「ふぅ……。これで通行止めということは当分ないだろう。かなりの成長速度だから、またぶっ放す必要があるかもしれんが……」
草木の手入れなんかは庭師にすべて任せていたが、こういうのもなかなか大変だな。
「うわあ、ガルトーさん、かっこいいですよ~」
レイティアさんのその言葉があれば、いくらでも戦えます。褒めてくれる人がそばにいるのはありがたい。やる気が出る。
「もし、『束縛の樹』がまた茂ってきたら早目に言ってくださいね。ワシがぶっつぶしますので」
レイティアさんはカゴを抱えて、家に戻っていった。
じゃあ、ワシも戻るか。
だが、ぐいぐいと腕を引っ張られた。
引っ張ってくるのはアンジェリカのほかにいないのだが、アンジェリカにしては珍しい反応だなと思った。あまりボディタッチみたいなことをしてくる奴ではないんだが。
アンジェリカを見ると、瞳をきらきら輝かせていた。
なんだ、このあこがれの有名人に出会ったみたいな反応……!?
たしかに魔王だから有名人ではあるけど、毎日顔は合わせているし、そういうことではないだろう。じゃあ、いったい何だ?
「ねえ、ねえ! 今の爆発魔法ってどうやったら使える?」
無邪気にアンジェリカが尋ねてきた。
「どうやったらって、詠唱して魔力を手に込めれば使えるぞ。詠唱は古代魔族語だから、お前には多少難しいかもしれんが。あと、あんまり人間が使うのは推奨されてないらしいぞ。魔族っぽいとかで」
人間も魔族も共通して使う魔法もあれば、どちらかだけが使う魔法もある。といっても、魔族出身でないと絶対に使えないとかではなくて、人間には禁忌とされているとか、そこまでいかなくても忌避されているとか、そういう理由だ。
爆発させて周囲を吹き飛ばすというのは人間にとっては印象が悪いのか、魔法使いもあまり覚えない傾向が強い。
そのあたりのことは魔法使いのセレネが友達にいるから、アンジェリカも当然知っていることだと思うが――
「あのさ、私もあの爆発魔法、覚えたい!」
アンジェリカのほうから要望を出された。
「特訓の一環で魔法も教えて、教えて!」
「お前、魔法に関してはやけにノリがいいな……」
こくこくとアンジェリカはうなずいた。
「だって、爆発させるのってすごくかっこいいじゃない!」




