61 魔王、妻の特技を知る
回線の調子が不安定なので、つなげるうちにいつもより早めに更新しておきます……。
アンジェリカとの特訓はそのあとも続いた。
これがやる気のない奴だと三日ぐらいで飽きてやらなくなったりするのかもしれんが、そこはしっかりついてきた。
そして五日後。
「てえぇぇいっ!」
お互いに木剣を使っての稽古で、アンジェリカが一撃をワシの右脚に決めた。
「おおっ、ついにやったな! 勇者だけあっていい成長速度じゃないか!」
曲がりなりにも守りに入っている魔王に一太刀浴びせられるならたいしたものだ。
「いや、まだ一発決まっただけでしょ。喜ぶにはまだ早いわ。ガチの戦闘ならこっちが余裕で負けてるはずだし」
アンジェリカのやつ、ワシに勝つつもりでいるのか。その心意気は褒めてやる。
「ふん、十年早いわ。こっちは剣士が本業ではないからな。魔法もフルに使って戦うからな」
ちょっと大人気ないかもしれないが、そんなにあっさり娘に抜かれるようではダメだろう。
「これでも、私は今の皇太子なんでしょ。だったら、あなたに手も足も出ないのはまずいじゃない。絶対追い抜いてやるから!」
「その言葉忘れるなよ」
おお、かなり親子っぽい空気が出ているんじゃないか。
特訓がアンジェリカの信頼を得るカギになるとはな。今後も活用していこう。
「あれ、この匂いって――」
アンジェリカが何かに気づいたらしい。
「――ママがクッキーを焼いてるんだわ……。まさか、魔王、これで気が散ったんじゃないでしょうね!?」
疑惑の視線が向けられた! あれ、また信頼にヒビが入りそうだぞ……。
「いや、それは……ワシもクッキーを作ってくれてるなということはわかっていたが、それで戦いに集中できなかったなんてことは…………事実関係を調査中なのでコメントは差し控えたい」
「なんで役人の逃げ口上みたいなこと言ってるのよ! もう、確実にそのせいで気が散ってるじゃん!」
アンジェリカが剣をぶんぶん振り回してくる。
そういう稽古かどうか判別できないのが一番対処しづらいからやめろ!
「やむをえんだろ! 鼻腔をくすぐられたら、お花さんの形とか、クマさんの形のクッキー作ってるんだろうなとか、今日はどんなお茶が出てくるのかなとか、いろいろ想像しちゃうだろ! 雑念が生まれるのはしょうがない!」
「魔王、特訓のあとに出るティーブレイクが楽しみになってるだけじゃない! 目的がそっちに行ってるし!」
「お前との特訓をないがしろにしてるわけじゃない! ちゃんとやってる! そこは本当だ!」
アンジェリカとの信頼関係も、アンジェリカの上達も三歩進んで二歩下がるぐらいのペースだな……。
ちなみに文句を言っていたが、アンジェリカもクッキーをばくばく食べていた。
「うん、バターがいっぱい入ってておいしい! ママ、ありがとう!」
「いいのよ、どんどん食べてね~。おいしく食べてもらえてママも幸せよ~」
うむ、一家だんらんのひと時だ。プライスレスだ。
あと、テーブルにはクッキーのほかに見慣れないフルーツが置かれてある。微妙にどす黒くて、あまり食欲をそそる色ではないがカラフルだからおいしいとは限らないのでそれはいい。問題はこれが何かだ。
「レイティアさん、この果物は何ですか?」
人間社会にもかなり慣れてきたと思っていたが、まだまだ知らないものがあるな。
「ああ、それは『束縛の樹』に果実が生ってたから、お昼にもいだのよ~」
「「ぶっ!」」
ワシとアンジェリカが同時にむせた。ワシはちょっとお茶を噴いた。
「あら、そんなにびっくりしなくてもいいですよ。食べてみたけど、とってもジューシーでおいしかったわ~」
魔族の土地の果実を平然と食べたのか。レイティアさん、肝が据わっている……。
「レイティアさん、『束縛の樹』にあまり近づかないでください。文字どおり束縛されるおそれがあります」
「そうよ、あれ、一般人は回避できる速度じゃないんだから近づいちゃダメだって!」
アンジェリカもワシと同様に危険を訴える。そこは冒険者だからな。身動きがとれなくなることの恐怖はよく知っているだろう。
「大丈夫よ~。蔓を伸ばしてきたけど、対処できたから~」
「ママ、悪いけど素人の大丈夫ほどあてにならないものもないのよ。危ないからやめて!」
「だったら、安全ってことを証明してみせるわ。アンジェリカも気にしすぎよ。『束縛の樹』は捕まえることしかできない植物だし」
結局、ワシとアンジェリカはレイティアさんの「大丈夫」を検証することになった。
「束縛の樹」は敵を傷つけるような力は持っていないので、解放できる能力を持っている人間がいれば、なんら危険はない。
月明かりに「束縛の樹が」照らされている。
「ほら、たわわに生ってるでしょう?」
「はい、果実がけっこうできてますが――それ以上に茂りすぎですね……」
この土地の土がよく合ったらしく、わずかな期間でやたらと成長している。
敷地から外に出る通路もふさがれそうになっていた。毎日出勤する時にはあまり意識してなかったが、これ、そのうち通れなくなるぞ……。
レイティアさんの手には果実をゲットするためのハサミ、それと右の腕には果実を入れるカゴがある。
「じゃあ、行きますよ~」
レイティアさんが一本の樹に近づく。
すぐさま、「束縛の樹」は蔓を延ばす。植物にとったら、自分がせっかく作った果実を奪われてはシャレにならないので、真っ先に捕獲する対象だろう。
「ママ、危ないっ!」
だが――
「はい♪」
ハサミをリズミカルに動かすと、レイティアさんは蔓をちょきんと切った。
そして、その間に果実の枝も切って、カゴに入れた。
ほかの蔓もやってくるが、そちらも――
「えーいっ♪」
簡単にハサミで切断してしまった。
で、また果実の枝も切る。
まさに蝶のように舞い、蜂のように刺す。
アンジェリカも呆然としているので、レイティアさんにこんな才能があることは全然知らなかったようだ。
「レイティアさん、すごいです! なんでこんなことできるんですか!」
「わたし、子供の頃、ダンスを習っていたんですよ~♪」
ダンスでこんなことまでできるんだ……。
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