60 娘に特訓をつける
夕食後、早速アンジェリカと家の裏手に出て、特訓をすることにした。
どうでもいいが、この家、たんなる夜である以上に暗いな……。理由は明白で、周囲に「束縛の樹」を植えているからだ。これ、防犯には役に立つが、鬱蒼とした感じがあって、多少不気味である。
ワシはアンジェリカの真横で指導をする。
「ストップ、ストップ! 軸がぶれてる。だから、体が浮いてるんだ」
近づいて、脇腹のあたりを自分用の木の剣でとんとん叩いた。
「ほら、ここ、隙だらけだっただろう? こちらを狙われたら、かなりのダメージが入ってたところだ」
「でも、体重かけないと、敵に効果的なダメージを入れられないじゃない……」
特訓を授けてくれと言ってきたけど、そこはこれまでの関係性があるので、師匠と弟子という形にはならない。普通に口ごたえされる。でも、疑問点を率直に言うのは悪いことじゃない。
「そりゃ、実戦ではそうやって戦えばいい局面もあるだろう。でも、デフォルトで隙が多いのはダメだ」
ワシもアンジェリカの疑問を解消する方針である。
「あとな、勝つための剣を考えるな。大事なのは負けない剣だ。自分が致命的なミスをしなければ、いずれ活路は見つかるものだ」
おっ、今の表現、少しかっこよくなかったか? 勝つための剣ではなくて、大事なのは負けない剣――よし、今度どこかで使おう。
「魔王から急に雑念が湧いたように感じるわ……」
そういうところはアンジェリカは鋭いな。
「納得がいかないようなら、木剣同士で打ち合うか。お前の隙をしっかり攻撃してやる。そしたら嫌でもこれではダメだと気づくだろう」
「わかったわよ。やってやろうじゃない」
そうそう、そうやって向かってきてほしい。ワシも気合いが入る。
ああ、今まで義理の子供が年頃の女子だとか、どんなふうに対応すればいいんだろうかと悩んでいたが、答えが見つかったかもしれん。
相手は冒険者だ。ならば、戦闘に関するところでコミュニケーションをとる方向性でいけばいいのだ。戦闘の面で強いということを示せれば、自然と尊敬もされる。
「よし、やるぞ! ワシはやる!」
「魔王……稽古をつける側にしては変に気合い入ってるわね……。空回りしないでね……」
指導者がやる気なくてしらけてるよりマシだろう。そう、プラス思考で頼む。
木剣同士での勝負はすぐについた。
アンジェリカの隙にワシがきっちり攻撃を喰らわせる。
喰らわせるといっても、かなり手加減をしているが。そこでケガをさせたら特訓も続けられんからな。
バシッと腰に一撃を入れる。
「ほら、まただな。がら空きだ」
「うぅ……。ここまで実力差を感じさせられるのは屈辱だわ……。これでも勇者なのに……。れっきとした勇者なのに……」
アンジェリカが恨みがましく、ワシのほうを見てくる。
今は自分のふがいなさに腹を立てている頃だろう。うん、ワシにもそういう時期があった。なつかしい。
「おそらく、今までお前はそのスピードで敵を翻弄してたんだろう。先手必勝で相手にダメージを与えれば、それだけで有利になるからな。とくに冒険者でパーティーを組んでる時はほかの奴が補助してくれるし」
アンジェリカの戦い方は当然ながら、パーティーでの戦闘を前提にしていた。
逆に言えば、そのせいで弱点を誤魔化したままにしていた節がある。
「トップレベルの剣士との戦いであれば、そういうやり方は通用しない。事実、お前はワシに一撃も浴びせることができていない」
「そうよね……。わかったわ。もっと強くなる!」
よし、腐ったりせずに、まだまだ意欲を見せているな。
「それで、いつか魔王をボコボコにする!」
なんか、家庭内暴力をやりますみたいな宣言で嫌だな……。
「じゃあ、続けるぞ。繰り返すけど、お前は隙が多いんだ。攻撃したらすぐニュートラルポジションに戻れ。あるいは攻撃しながらニュートラルポジションに移動する。攻めと守りは3:7ぐらいでもいい」
「えっ? それは極端じゃない?」
「だって、隙だらけの奴はすぐにそこを突いて倒せるからな。攻めに徹している剣士は本気で強い剣士にはあっさり負けるぞ。よし、まだ続けるぞ」
「ええっ! やるわよ!」
もう、切り替えてアンジェリカは闘争本能を見せる。
とことんやる気だけはあるな。このやる気が女勇者になれた原動力だろう。
ワシは再び、アンジェリカと対峙する。
「よし! 全力でかかってこい!」
「行くわよっ!」
その時、家の勝手口のドアが開く音がした。
「二人とも~、お茶とお菓子の準備ができたわよ~」
エプロン姿のレイティアさんがワシらを呼んでいた。
「はい、今、行きます!」
ワシはレイティアさんのほうに体を向けた。
「隙ありっ!」
ワシの腕を思いっきりアンジェリカが叩いた。
「痛っ!」
ワシは思わず、その場にへたり込んだ。こいつ、加減とかせずに叩いただろ……。魔王でも痛いものは痛いぞ!
「お前なあ……今のはズルくないか……?」
「むしろ、魔王、ママが出てきた途端、堂々とよそ見するのやめなさいよ。しかも、全力でかかってこいって言ったの、魔王だし」
「しょうがない。レイティアさんのためにもワシは全力で生きているからな……」
「舐めてんの?」
「舐めてない。全力だ」
そこで、アンジェリカはにやりと笑った。
「少なくとも、魔王の弱点がママだってことは、はっきりとわかったわ」
ワシ専用の弱点を覚えて戦っても強くなれんからな……? そういう覚えゲーみたいなことをすると、むしろ実戦で不利になるぞ?
腕は痛かったが、ひと汗かいたあとのティーブレイクは最高だった。
「レイティアさん、お茶をいれるの本当にお上手ですね」
「隠し味は愛情ですよ~。なんちゃって」
「なるほど~。ワシもうれしいです~」
「二人とも、特訓した直後にいちゃつくのやめて!」
娘から苦情が入ってしまった。
今度から実戦形式でワシが勝つごとに五分間いちゃつく権利をもらえるとかにしようかな。
それだと、特訓すること自体中止になりそうだな……。
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