59 魔王、娘から特訓を頼まれる
今回から新展開です。よろしくお願いいたします!
その日、帰宅すると、ブンブンと風を切る音が聞こえてきた。
家の裏手でアンジェリカが木剣を使って素振りをしていた。
「えいっ! えいっ!」
おお、感心、感心。やはり勇者だな。
ワシはしばらく黙ってその様子を見物していた。
しばらくすると、アンジェリカが手を止めた。
「何よ、魔王。にやにや見てて気持ち悪いんだけど。あと、集中しづらいし……」
「すまん、すまん。いや、熱心に特訓してて偉いなと思っただけだ」
「これでも勇者だからね。体がなまったら恥ずかしいし、年齢的にもまだまだ成長できるはずだし」
たしかにそれはそのとおりだ。十代半ばなんだから、努力すればこれからまだまだ強くなれるだろう。
「ちなみにさ……」
少し言いづらそうに、アンジェリカは視線をそらした。
「私の太刀筋、どうだった? ま、魔王から見て……」
そうか、ワシにアドバイスを求めるのが照れくさいんだな。
だが、一方でワシなら実力者としては文句ないはずだから意見は聞いておきたい、そんなところか。
「お前、軸が動きまくっている。だから、一回攻撃に移ったあとに体が流れてしまって、次の動作にいくのに時間がかかる。もっと単純に言えば、隙が多い」
「割と具体的だけど、口で言われてもよくわからないわ」
そりゃ、戦闘を口頭で説明してすぐ理解できたら苦労はせんわな。
「手本を見せてやる。その木の剣を貸してみろ」
ワシはアンジェリカの手から剣をとる。
「さっきのお前の攻撃は、こんな感じだな」
アンジェリカの真似をしつつ、剣を振るう。
ブオン、ブオンッと風を切る音が響く。
「やっぱり魔王が剣を使うと迫力あるわね……。少し鳥肌立ったわ……。もう、これだけでたいていの奴なら倒せるわよ」
「それはそうだけど、そういう問題ではないからな。お前だってショボい敵になら今のままで勝てるだろ。で、今からやるほうがいい例のほうだから、よく見ておけ」
誰かに指導するという機会もなかったので緊張はあるが、悪い緊張感ではない。
ワシは軽く剣舞を披露する。
目の前にいる架空の敵を斬って、斬って、斬りまくる。
休むことなく斬る! 息を呑む暇もなく斬る!
木の剣がしなる。それに合わせて、風が起こって、アンジェリカの髪も揺らした。その程度の風は起きているだろう。
しばらくやって、ワシは剣を振るうのを止めた。
「うん、こんなもんだな」
「す、すごい……」
アンジェリカが口を半開きにしたまま拍手をしていた。
「魔王、すごいよ。初めて魔王っぽいところ見たかも……」
え? 家族なのに初めてなの? むしろ、ショックだぞ、その発言……。
「トップレベルの剣士でも、ここまで見事な動きはできないわよ。魔王と戦ってる自分をイメージしたけど、魔王のどこを狙えばいいか想像もつかなかった……」
「当たり前だ。人間の剣士ごときに後れをとってたまるか。質がまったく違う」
娘に褒められるというのはいいものだな!
今晩は酒が美味そうだ!
ただ、そこでアンジェリカは少し寂しそうな顔になった。
「魔王はいろいろ能力的に恵まれてるのかな。私たち人間じゃ、あんな動きは一生かかっても無理だと思う」
おいおい、これで娘のやる気を削いでしまったんじゃ、何をやってるかわからんぞ。
「待て。生まれ持った素質みたいなものもあるかもしれんが、基本動作は練習でまだまだ上達させられる。ワシだって、最初から無駄のない動きができたわけではない」
「じゃあ、私ももっと強くなれる……?」
不安げにアンジェリカが聞いてきた。
「無論だ」
ワシは強くうなずく。
「無駄を減らせ。そうすれば敵も、お前を攻撃することが難しくなる。当然、お前は負けにくくなる。強くなるというのはそういうことだ。負ける可能性を減らせ」
アンジェリカは少し迷っていたようだったが、決心がついたらしい。それは瞳を見ればわかる。
「魔王、私に特訓をつけて! もっと勇者として強くなって、活躍したい!」
その言葉は率直に言って――無茶苦茶うれしかった!
娘が特訓をつけてほしいと言ってくれている! これは父親冥利に尽きるものではないか!
「そ、そうか……。いやあ、照れるなあ……。じゃあ、付き合ってやろうかなあ……。ははははは……」
なんか、急激にアンジェリカの表情が冷めた。
「そこでにやけないでよ。かっこよく『厳しいが、泣き言を言うなよ』とか短く言えばいいのよ。顔にうれしいって出すぎでしょ……」
「しょうがないじゃないか……。娘から特訓の申し出があったんだぞ。いやあ、魔王やっててよかったわ。強くてよかったわ」
「習う自分が恥ずかしくなるから、もっと威厳を維持しろ! でなきゃ、娘って呼ぶの認めないわよ!」
威厳か。たしかに父親の威厳というものも大切だよな。
「よし、つらくても我慢しろ……あっ、やっぱり、しんどいようなら我慢せずに言え。お前のペースに合わせて無理なくやっていくからな。あと、顔に傷がついたりしないように細心の注意を払う」
「気づかいが露骨なのよ! それに、これまでも勇者だったから! 顔に傷がつくことを恐れたりとかしてないから! それぐらいの覚悟はあるから!」
アンジェリカが怒っている。もはや瞳を見るまでもなくわかる。
「でもなあ……特訓ってあまりハードになると虐待と紙一重になったりもするからなあ……。ケガなんかも怖いし……」
「だから、その甘さはいらないから! 魔王は甘さが濃いのよ! もっと水で薄めるぐらいでちょうどいいわよ!」
アンジェリカからの苦情はあったものの、とにもかくにも特訓をすることは決まった。
「じゃあ、夕食後と早朝の一日二回ということでどうだ?」
「ええ、いいわ。絶対に強くなってみせるんだから!」
その日の夕食、ワシはレイティアさんに「何かいいことあったんですか~?」と聞かれるぐらい、にやけていたらしい。
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