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58 ヤバい奴がやってきた

「厳正な審査の結果、この人に決めました」

 大きな仕事が終わったせいか、トルアリーナの表情も少しゆるんだ。達成感があるんだろう。ご褒美に今度有休取らせて、アイドルのライブにでも行ってきてもらおうかな。


「そうか、トルアリーナが選んだ者ならなんら問題ないだろう」

 極論、能力面も大事なのだが、トルアリーナと楽しく仕事をしてくれる人材であることのほうが重要だったりする。

 全体の能率が上がっても、もしも執務室の空気がぎすぎすしたら困る。


 基本的に優秀な者が採用されれば、トルアリーナが悪い感情を抱く可能性は低い(だって、自分の仕事も減るわけだし)。

 だが、やはり相性というものはある。それに同族嫌悪みたいなものもある。ほぼ似た性格だからこそ、互いに否定し合うようなケースもあるのだ。


「ちなみに最終的な決め手は何だった? まあまあ、募集もあっただろ」

 こういう募集をすると、同じような能力の者が履歴書を提出してくるので選ぶのはなかなか難しかったりする。学校の試験みたいに大人数が合格するタイプのものとは違ったややこしさがある。


「一言で言えば、意欲ですね。この執務室で働きたいという強い情熱を感じました」

「ほう……。なんか、トルアリーナがそういう抽象的な基準で決めるって意外だな……」


「ぶっちゃけ、能力面だと大同小異だなという印象を受けたので、その点で選びづらかったというのもあります」

 あっ、やっぱり……。


「採用者の方は魔王様のお役に立ちたいと何度も訴えていました。これで舐めた仕事をするとは思えないです」

 おお、誰か知らんがありがたい話だ。

 ワシの真面目な姿勢が評価されたんだな。そう、魔王は生まれながらに偉いのではないんだ。偉いと思われるようなことを続けてきたから偉いのだ。


「早速、採用者の方には連絡を入れておきます。早ければ明日から来てもらってもいいかなと」

「そうか、そのあたりはお前に任せる」


 これで執務室の業務量も改善されるだろう。よかった、よかった。

 何がよいって仕事量が減れば、家族と過ごせる時間が増える。有休とって、家族と買い物に行くとかも可能だ。

 うん、素晴らしい、素晴らしい。



 そして翌日。

 九時に執務室の扉が開いた。


「本日から働かせていただきますフライセです。よろしくお願いいたしまーす!」

「全然よろしくないっ!」

 とんでもない奴が入ってきおった!


「このフライセさんに事務作業を手伝っていただきます。熱意はある方です」

 淡々とトルアリーナが説明した。

 しまった。親類衆に面倒なのがいるとかトルアリーナは知らん。あくまでも親族の問題だからな……。


「魔王様が恋に落ちちゃうほどに勤勉に働きます! むしろ、恋に落ちてください!」

 熱意はあるけど、よこしま!


「ふっふっふ。近くにいる者には好意を抱きやすいもの。これで禁断のオフィスラブからの子供できちゃった展開になれば私が魔王の王妃となることもワンチャン可能ですよ」

 せめてワシの前で言うのやめろ。心の中に閉まっておけ。


「あれ、魔王様のお知り合いの方なんですか? 履歴書にはとくに何も書いてなかったですが」

「こいつは現職のダットル公という貴族。一応、リューゼン家の遠縁だ」

「ダットル公なんて貴族いましたっけ?」

 トルアリーナには認識されてないレベルだった。


「あっ、ダットルというのはですねー、ここの山を北に行ったところに盆地がありますよね。そこから盆地を超えて山中に入ったところに人口七十人ぐらいの山里があるんですが、そこの地名です」

 フライセが地図を開いて説明していた。マニアックな地図がないと場所を教えられん。


「うわあ……クソ田舎ですね……。村の自慢は自然がいっぱいなことですとしか言いようがないタイプの田舎……」

 トルアリーナ。まあまあ失礼だぞ。

「田舎すぎて住めないので、安い部屋をこっちで借りて住んでます」

 そう、貴族のはしくれの中のはしくれがこのフライセなのだ。


「まあ、いいです。フライセさん、しっかりとお仕事のほう、お願いしますね」

「はい、魔王様を籠絡するお仕事を頑張りまーす!」

 事務作業をやる気はあまりないな……。


「どうも、間違った人を選んでしまった気もしないでもないですが、もはや過ぎたことです。忘れましょう」

 トルアリーナもミスをすることがあるのだな。いや、熱意とやらに騙されたのか。


「フライセ、とにかくまともに働け。我々の業務量が減ればそれでいい」

「はい! アフターファイブで不倫に持ち込みまーす!」

 そんな元気に不倫を公言する奴があってたまるか。


「なあ、トルアリーナ、採用をやり直すべきだと思うんだが、どうだろうか? この女がまともに労働をするとは思えん」

 むしろ、言動からしても、クビにできる十分条件満たしてないか?


「お気持ちはわかります。ですが、この方をクビにしてまた違う人を雇うことを決める書類を提出するのに、また一仕事発生しますよね。それを私にやれと?」


 トルアリーナの目には面倒だから、こいつをそのまま使えと書いてあった。

 たしかに無断欠勤が多いとかの理由がないのに、即座にクビというのも難しい。仮にそういう理由があってもやっぱり書類が必要になる。


「わかった……。フライセが働いてるうちは我慢する」

 ワシも折れた。きっと猫の手を借りるよりはマシだろう。


「あの魔王様、ちなみに好きなパンツの色は何色ですか? やっぱり黒ですか?」

 メモ帳を取り出しているフライセを見て、頭が痛くなってきた。

「業務上の質問をしろ!」


 一応、人数が増えたので多少は業務量が削減されたが、なんとなく釈然としない気持ちが残った。

 人を雇うというのも大変なのだと実感させられた。



1巻がガガガブックスより本日19日に発売いたしますっ!

そして、コミカライズ企画が進行中です! 本当にありがたいです! また続報を発表できる状況になり次第、告知いたします!

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