57 臨時職員募集
今回から新展開です。よろしくお願いいたします!
立太子の儀も無事に終わって、一段落ついたと思ったのだが、むしろ仕事が増えていた。
「はい、魔王様、これだけやっておいてくださいね」
トルアリーナが書類の山をワシの机に置いた。
「量が多すぎる。イヤガラセか?」
「違います。立太子の儀の前に止まっていた通常業務の書類が一斉に来たんです。これはそのうちのごく一部です。まだまだ関係各所より来ると思いますのでよろしくお願いいたします」
「だから、大きな行事って嫌なんだ……。日常が至高……。結局、しわ寄せが来る……」
どんな重要な行事があろうと、通常業務は滞りなく行われている。そういうのの決裁がタイムラグを持って、やってくるのだ。これを回避することは残念ながら不可能である。
「心中お察しします、魔王様」
「そう言うならわずかなりとも憐憫の表情とか見せろ。鉄仮面みたいにポーカーフェイスしおって」
トルアリーナは黙々と手を動かして作業をしている。たまに、とてつもなく精巧なアーティファクトなのではという気すらする。
「これはこういう顔なのでしょうがないです。あと、魔王様が大変だろうなというのは心底理解しています。なぜなら! 私もとてつもなく忙しいからです!」
表情は変わらないが、声のほうがいつもより大きくなった。
「ああ……ワシが忙しくてお前だけ無事なわけがないものな……」
「そういうことです。殺意が湧く程度には忙しいですよ!」
「うん、確かな殺気を感じるから間違いない」
多忙を極めると、職場内の空気が悪くなり、いよいよ能率が落ちることがある。
まさに今がそういう状態である。決していいことではないし、だいたい同じ部署の人間がイラついてるのは楽しくない。
どうにかせんとなあ……。職場環境改善をしていかないと。
ワシは「ぱんっ!」と手を叩いた。
「よし、人員を増やそう。秘書を二人にする!」
「増やす? 私はありがたいですけど、そんなすぐにできるものですか? まあ、魔王様の権力でゴリ押しで通せなくはないと思いますが」
トルアリーナはそのあたりのことも詳しい。
「あと、自分で言うのもなんですけど、私並みの事務能力を発揮してもらうには十五年はここで勤務していただかないといけないです。スライムの触手も借りたい気分ではありますが、本当にスライムクラスの単細胞ではつとまりません」
「そこまでの活躍は期待してない。だが、補助ぐらいならやってもらえるだろう。任期付き臨時職員枠で今から公募しようと思う」
ワシは早速、公募の書面を考えていた。
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・業務内容は魔王執務室での事務補助。
・勤務時間は朝九時から五時まで。
・休憩時間は一時間半。
・有休あり。
・交通費支給。
・給与は月額三十万魔族ゴールド。
・一年ごとの更新。能力によっては将来的に中級公務員に採用する前提です。
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こんなもんか。任期付きの職員としてはかなり給与がいいが、重要な書類を扱う部屋だから、そこは高くていいだろう。
それに能力的に微妙な人員が来ると、かえってトルアリーナの機嫌が悪くなる。
そんなことになったら本末転倒だ。こういうところでケチっていけない。給与を下げるということは、応募者の質も下がることだと心得よ。
よし、せっかくだし、賞与も年二回あることにしよう……。
「こんな内容でどうかな?」
ワシは案をトルアリーナに見せた。
「三十万魔族ゴールドに足るだけの人なんて来るんですかね」
「先に言っておくけど、使えないと思ったからっていびって辞めさせる方向に持っていくの禁止な……」
トルアリーナは優秀だが、協調性はないタイプの職員である。
表現を変えると、無能な人間にはかなり冷たい。
なお、実際、氷雪魔法に関してはスペシャリストなのだが、それは偶然らしい。
こういう奴は使えない奴には仕事を振らずに自分で処理しようとする傾向がある。それで仕事を抱えてつぶれられると困るのでガス抜きをしないといけない。
だったら、協調性がある奴を秘書にしろって話だが、世の中個人プレーが得意な奴だっているのだ。それが社会というものだ。上手く部下をコントロールできてこその魔王だと思う。
「どうも、魔王様に上から目線で見られているような気がしました」
なかなか鋭いな。さすが秘書。
「上から目線でもいいだろ。ワシ、魔王なんだから……」
「それじゃ、私が面接するということでいいですか? 人事課の奴を入れるのは面倒なので排除する方向で。面接を行う許可さえあれば、臨時職員の場合、面接官に人事課職員を加える必要がないと法令に書かれています」
穏便にやる気ないな……。しかも自分一人で決める気か。
でも、そもそもトルアリーナが嫌いな奴を採用しても、執務室の空気はまったくよくならないわけで、だったらトルアリーナに全部任せるのは正しいかもしれん。
「わかった。それでやろう。ただし、お前が選ぶかぎりは採用した職員に文句ばかりつけるなよ。選んだ自分に責任を持てよ」
「わかりました。私は人を見る目には自信がありますし、定評もあります」
その割には全然、彼氏できないよなと思ったが、言ったらセクハラ案件なので、黙った。
「あと、男を見る目にも定評はありますよ。だから、ショボい男とは付き合わないようにしているだけです」
「まだ何も言ってない」
それ、婚期逃す奴あるあるだが、結婚しないライフスタイルだって許されてよいだろう。うん、みんな違ってみんないい。
「じゃあ、人事課に募集したいと言ってきてくれ」
「はい。安心してお待ちください」
そして、正式に臨時職員の募集がはじまった。
面接時期などの設定もトルアリーナにやらせた。何から何までトルアリーナ任せである。結果的にワシの仕事にならないし一石二鳥だ。
二週間後、何度かトルアリーナが「面接に行ってきます」と席を外した。
ついに面接機関に入ったらしい。いい人材を採用してくれよ。
そして、数日後。
面接を受けた人員の履歴書チェックをしていたトルアリーナが席を立った。
トルアリーナは棚のほうに行くと、「採用」の印を取り出す。
で、一枚の履歴書に「採用」の印を押した。
「厳正な審査の結果、この人に決めました」
9月19日、小学館ガガガブックスさんより書籍化されます! よろしくお願いいたします!




