54 魔王、娘に誤解される
見事にフライセと抱き合っている(厳密には一方的に抱きつかれている)ところを見られた。
「……魔王? 何してるの……?」
アンジェリカの目が大きく見開かれている。
何が起きたかよくわからないという顔だ。どんな感情を起こしていいか、理性のほうで判断ができていないのだろう。
「あっ、アンジェリカ、これは違うぞ……。お前の想像していることとは何もかもが違う……。冷静になって、状況を確認してくれ……」
ワシの言うことを受け入れてくれたのか、アンジェリカはその場で一度ゆっくり深呼吸をした。
よかった。たいてい、こういう時、反射的に「浮気してる! 最悪!」みたいな反応をされて誤解が大きくなるんだよな。そこは勇者だけあって、アンジェリカはパニックになったりしない。
「冷静になったけど、魔王、女と抱き合ってるわよね」
ぬかった!
ワシもじっと抱きつかれたままでいたら、何も改善せんではないか!
「これは、いわゆる浮気っていうことでいいのかしら? といっても、ママとその人とどっちが本命か知らないけどね。浮気してるほうと結婚する奴だって広い世界にはいるかもしれないし」
「待て待て! 浮気などでは断じてない! このフライセという奴が一方的に抱きついてきただけだ! ワシからは本当に何もしておらん!」
「魔王、それはダメだよ」
少し切なげな顔でアンジェリカに言われた。
「全部の責任を女性に押しつけるとか恥ずかしいよ。浮気は百歩譲って私も許さなくもないけど、そうやって相手の女性を悪者に仕向ける態度は格好悪い」
ものすごく正論だけど、この件に関してはフライセが一方的に悪いのは本当なんだ!
「どうせ、思わせぶりな態度をとったりして、女性のほうから抱きつくように仕向けたりしたんでしょ。そうすれば、魔王の責任ではなくなるものね。うん、処世術としては正しいよ、処世術としてはね」
なんで、アンジェリカ、冷めた笑いを浮かべてるんだ……?
いっそ、マジギレしてくれたほうが心理的に楽なんだが。
「あ~あ、私、けっこう魔王のこと、信じてたのにな。無骨だし、だからこそ、人を操縦するようなこともできないから、ママに一途なんだと思ってたけど――私もすっかりだまされてたんだね。魔王にだまされるとか、勇者失格だよ」
違うぞ! お前はワシではなく、フライセにだまされているんだ! そこのところの解釈、すっごく大事だから間違えないでくれ!
くるっと、アンジェリカはワシに背を向けた。
「悪いけど、立太子の儀もキャンセルするわ。この調子だと私もいいように使われてるだけだろうし。そんなピエロみたいな生き方、私は嫌だから。勇者らしくないから」
そして、アンジェリカは走っていってしまった。
「おい、アンジェリカ! 話を聞いてくれ! 話せばわかる! 絶対にわかる!」
「そうですよ、勇者! 魔王はこの私フライセと結婚するんです! 具体的に言うとできちゃった結婚です!」
追いかけたいが、フライセが邪魔で動けん!
「あんたも変なこと言わないでくれ! なんだ、できちゃった結婚って! 事実無根にもほどがあるわ!」
「いい機会じゃないですか。人間の勇者を魔王候補にするなんて無茶苦茶な話だったんですよ。私と子作りして、その子供を皇太子にすれば話はずっとわかりやすいですって。魔王が好きな魔族と結婚する、とってもシンプルじゃないですか~」
にやにやと笑って、フライセは上目づかいにワシの顔を見る。
フライセがふざけて言っているのは百も承知だが……一理あると思ってしまった自分がいた。
女勇者を魔王の皇太子にするだなんて前代未聞だ。
いずれ、ひずみが出てくる可能性はおおいにある。
それと比べれば、魔族の女と結婚して、跡継ぎを作るほうがずっと自然だ。
「あの女勇者の子だって、自分が魔族候補になるだなんて不可能だって、どこかで理解してたんですよ。だから、やめると言い出したんです。だって、皇太子ですよ。そんなの人間の娘にできるわけないんですよ」
フライセの言葉がワシの頭を揺さぶる。
「だから、私と結婚して子作りするべきなんです。そして、子供を次の魔王にするべきなんです。ふふふ、そしたら私は魔王の母親。権力握りたい放題……」
ああ、もう、それでいいのかな。
どちらかというと、これまでのことが異常だったのか。
「さあ、あの子を皇太子にすることなんてやめにして、代わりに私との結婚を報告しましょう。私は尽くしますよ! それが自分が権力を得ることにつながるから妥協もしませんから! もう、皇太子なんてどうでもいいじゃないですか」
フライセの最後の言葉がすごく大きな衝撃になって、頭に響いた。
――皇太子なんてどうでもいいじゃないですか。
「……まったくだ」
ワシはふっと我に返った。
「ねっ? 今の妻とも別れて、魔族は魔族と結婚――」
ワシはゆっくりとフライセを両手で引き離した。
「皇太子なんてどうでもいいわい。そんなことより、家族を第一に考えなければならん」
ワシは立太子の儀がどうなるんだろうとか、つまらんことを考えてしまっていた。そんなの政治とか組織の話だ。
そういうものに縛られて生きるのが嫌だったから、ワシは長らく再婚もしてなかったんじゃないのか?
まずは傷ついている娘に真実を伝える、すべてはそれからだ。
ワシはアンジェリカを追いかけるべく、廊下を走った。
信じてもらえるかは知らん。それでも、伝えるしかない! ほかにいい方法などないし、こういうのは策を弄すればいいってものでもない!
アンジェリカ、ワシは魔王ではなく、父親としてお前に会いに行くぞ!
思いのほか、あっさりとアンジェリカは見つかった。
中庭にある四阿に肘をついて座っていた。
レイティアさんのところに戻るのもはばかられたせいだろう。
「アンジェリカ!」
ワシはアンジェリカの真ん前に立った。
「今からすべてをお前に話す。それで判断してくれ。それがワシにできる精いっぱいだ」




