53 魔王、既成事実?に焦る
「……あなたに語る必要はないですな。これには……深遠な理由があるのです」
ウソを言ってしまった。
やむをえないだろう。いい歳して一目惚れだとか言いづらいし……。
「なっ! ななっ! なななっ!」
やたらとフライセに驚かれた。想定の倍ぐらいは驚かれた。
「なるほど……。たしかに、魔王があえて人間の女と結婚するなんて何も理由がないわけがありません。平和裏に人間との争いを終結させたように見せて、次の手を打っているわけですか……。さすが魔王、恐ろしい存在……。血も涙もない、血に飢えた獣……」
感心してるのか、ディスってるのか、どっちかわかりづらいのではっきりしてほしい。
それと、血も涙もない、血に飢えた獣って矛盾してないか? あるいは血がないから血に飢えてるということか。だったら、ただの貧血だぞ。
細かな問題は残るが、これでこのフライセを納得させることはできただろう。
「あなたに具体的な目的を話すことはできません。これにて失礼させていただく」
しかし、このフライセという奴はそんな甘い存在ではなかった。
ワシの目の前に立ち、両手を広げて、とおせんぼのポーズをとる。
「あなたの深遠なる計画などどうでもいいです! 私はあなたと結婚して魔王になるんです! そうすれば、形だけの貴族から本物の権力者になれますから!」
「あっ、形だけの貴族ってところは自覚されてたんですね」
ダットル公家はとくにザコということで定評がある。魔王の親類衆といっても、限りなく赤の他人だ。
「放っておいてください! 年収が三百五十万魔族ゴールドでも貴族のはしくれなんです!」
すごく生々しい数字が出てきたな……。物件の家賃収入のほうがまだ多いのでは……。
「まあ、その…………お疲れ様です」
ワシはフライセから背中を向けた。
逃げの一手だ。かかわればかかわるほど面倒なことになるのがはっきりしている……。
「逃がしませんよ! 結婚して私に権力をください! 年収上げるのに協力してくださいっ!」
ぴょんとジャンプして、再び、ワシの進行方向を閉ざしてくる。
何、この人……。ボスみたいに絶対に逃げられない敵なの……?
「いや、ワシ、すでに結婚してますんで……」
「もう愛人でもなんでもいいんで、お願いします!」
やけくそみたいなこと言い出した!
「そんなのいりません! 今の妻一筋ですから! あと、計画に問題が生じてしまいますので!」
レイティアさん以外の女性など考えられん!
だが、フライセはワシに抱きついてきた。やたらと積極的な魔族だな……。
「放しません! 愛人にしてください! それで土地かお金をください!」
こにフライセという親類、案外強敵かもしれない……。かなり強力な精神攻撃を仕掛けてきているような……。
もっとも、ワシは魔王だ。魔族としての実力が違いすぎる。
ワシはすぐにフライセを振り払う。
「悪いが、あなたがワシの自由を奪うのは不可能なようだ」
「痛っ……これでも女子なんですよ……、乱暴はやめてくださいよ……」
フライセが腕を押さえている。自業自得だろとも思うが、少しは悪い気もする……。
「ケガをさせてしまったとしたら、申し訳ない。紳士にあるまじき振る舞いだったかも――」
その時――
フライセの瞳がきらりと光った。
比喩ではなく、本当に発光したのだ。
「むっ……体が動かない……」
「かかりましたねっ! 私の特技『金縛りの閃光』です! あなたは一定時間動けませんよ!」
ミスった。ワシとしたことが……。至近距離で余計な一撃を食らった。
しばらくは離脱することもできない。
「さあ、ここからは私の時間ですよ! 観念してくださいね!」
「――で、動けなくして、どうするつもりなんですかな?」
ぎろりとフライセをにらんだ。
フライセの肌が粟立ったのがわかった。
魔王のにらみを舐めてはいけない。さっきからさんざん舐められている気もするが……。
「ここまでのことは水に流さなくもない。しかし、動けなくしたうえにダメージを与える攻撃にまで出たとなると、不敬罪として重い罰を下すしかありませんな」
おそらく、これまでの内容でも十分に不敬罪に問えると思うが、それは大人げない気もするので、許してやろう。
「むっ……むむむ……。王であることを持ち出すだなんて卑怯ですよ」
卑怯なのは確実に動けなくしてきたほうだろ。
「ワシの動きを止めたところで、あなたは何もできない。それは何もしてこようとしないところからも明らかだ。さあ、打つ手がないことを認めなさい」
早くこの変人を屈服させたい。でないと、安穏も訪れない。
「い、いえ……ここで退くわけにはいきません! 愛人契約をしてもらって、お金をもらいますっ!」
固い決意みたいだけど、理由がひどい。
「攻撃はできませんが、私には女の武器があります! 色仕掛けで逆セクハラをしてみせます!」
自分から逆セクハラって言ってしまってるが、いいのか?
しかし、あほな存在でも行動力があるのは厄介だった。
フライセがワシに正面から抱きついてくる。
やわらかな感触が全身に来る……。
こんなへっぽこ魔族でも見た目はなかなかかわいい……。心の片隅でうれしいと思ってしまっている自分がいる……。
「おい、こら! やめなさい! くだらないことをするな……。リューゼン家の末席に位置する者なら恥ずかしいことはしないように!」
「いいえ、籠絡してみせます! 市場の特売日にばかり出没する生活は終わりにするんです!」
さっきから決意のスケールが小さい。
ワシはうれしいという気持ちが起こらないように必死に耐えた。
時間に換算すればたいしたものじゃないはず。乗り切ることはできる!
そこに聞き覚えのある声がした。
「ねえ、魔王。式典の確認するからそろそろ戻ってきてほしいんだけどさ」
アンジェリカだ!
まずい!
体よ、早く動け!
「ほら、そんなに力まずに力を抜いてくださいよ~。一緒に既成事実を作りましょうよ~」
「だから余計なこと言うな!」
そして、ようやく動けるぞとなった時――
アンジェリカがワシの前に出てきた。
見事にフライセと抱き合っている(厳密には一方的に抱きつかれている)ところを見られた。
「……魔王? 何してるの……?」




