52 魔王、公女にからまれた
「ちょっと! いったい、どういうことですかっ!」
女子の魔族にしては背の高い奴だった。
むっとしているのは、表情を見ればわかる。何か気に入らないことがあるらしい。
「人間の義理の娘を皇太子にするだなんてっ! ほんとに、もう! 私の華麗なる計画がすべておじゃんじゃないですか。これもあなたのせいなんですからねっ!」
計画? 計画って何だろう。
それ以前にこの女子、誰だ?
「ええと…………どちら様でしょうか?」
よくわからない奴が来ると、ワシはとりあえず丁寧語になってしまう。自分が魔王だからといって、そこは変わらないのだ。
「えーっ! 覚えててすらくれないんですか! もう、記憶力どうなってるんですか!」
かえって怒らせてしまったようだが、肝心の名前を教えてもらえない。
いや、推理しろ、推理。ワシは今から名探偵ガルトーだ。魔王のワシに対してこんな偉そうな奴など、そうそういないはず――と思ったけど、秘書のトルアリーナがまず偉そうだった。探すと、もっと見つかりそうな気がしてくる……。
あと、この区画はリューゼン家の血筋の者しか入れないところだ。となると、リューゼン家の奴か……ええと、ええと…………。
「あっ! ダットル公女フライセかっ!」
「そう、当たりですっ! 当たり! 天下のダットル公女フライセですよ! 思い出すのに時間かかりすぎにもほどがあります!」
フライセはそんなことを言っているが、ダットル公領ってものすごく狭くて小さい土地だぞ。よく覚えていたワシのことを褒めてほしいところだ。
魔王の一族ではあるので身分だけは高いが、何の権力もない、ショボい貴族階級というのが実情だ。
「そもそも、あなたはいつもいつも失礼なんです。十五年前の赤い月の観月会にも招待状を送ってこなかったですし、二十一年前の日蝕を祝う式にも呼ばなかったですし」
それ、どっちも比較的小さな式なんで、血縁がとくに薄いダットル公は招待してない。
五十歩百歩のワシの親戚の中でもさらに立場の差がある。国家というのは、そういう格式の差とかを重要視するのだ。
でも、呼んでませんって言ったら確実に怒るよなあ……。本当のことを言って被害を被るメリットなど、どこにもない。
で、だんだんと思い出してきた。
秘書のトルアリーナが言っていた。
――呼んでないのに、毎回式に来る貴族がいるんですよね。暇なんでしょうか。暇なんでしょうね。身分ぐらいしか誇れるものがないんでしょうね。かわいそうな人ですよ。
最後の同情とか絶対に嫌味だろうと思うが、とにかくそんな発言をしていたな。
そういえば、どのイベントでもこのダットル公女フライセって人物いた気がする……。どの式典にも必ず顔を出してる人っているよね。
まあ、そうとわかれば、適当にあしらって去るとするか。
共通の話題とかもとくにないし。天気ぐらいしか話すことがない。マジで「式典で会う人」以上の情報を持ってない。長居しても確実に気まずい空気が発生して困る。
「いやあ、それは失礼いたしました。以後、気をつけます。それでは、今後ともよろしくお願いします。失礼します」
ワシは頭をかきながら、とくに中身のない発言をして、その場を切り抜けようとした。
だが――
「待ってください」
足を取られた。
彼女の足から尻尾が伸びている。それを絡められた。
「今、どうでもいいことをしゃべってこの場を逃げようとしましたね。そうはいきませんよ」
バレたか。あからさますぎたかもしれん。
「だいたいですね、今後とも『よろしくお願いします』って、何もお願いする気なんてないじゃないですか。じゃあ、お願いしますって言わないでくださいよ。あれ、何なんですか!」
それは、あいさつの一つみたいなもんだから大目に見てやってほしい。たしかに、この人に何かお願いする事態とか永久に生まれなさそうだな。
あと、とくに気にしてもいないけど、ワシ、魔王なのにこの人、やけに態度デカいな。
「私は抗議をしに来たんです。人間の女を皇太子にするだなんて、暴挙も暴挙ですよ!」
ああ、そういうことか。
クレームを言いたいわけだな。親類衆の中には納得ができてない者も当然残っているだろう。魔王になれるチャンスが皆無ではなかったから、なおさらだ。
でも、こういうしょうもない親類衆の魔族に王位を渡さないためにアンジェリカを皇太子にするわけだが。それをストレートに言うとケンカ売ってることになるしな。
「そこは厳正な審査と熟慮の結果、この形が魔族の将来にとって一番いいと判断したわけで、どうかご理解いただきたく――」
「せっかく、私があなたと結婚して、共同統治者として王位につくという計画が水の泡じゃないですかっ!」
無茶苦茶、身勝手なことを言い出したぞっ!
ダットル公女フライセがびたんびたんと尻尾を床に打ちつけている。
尻尾がかゆいとかではなく、怒っていますということの表明なのだろう。
「あの……申し訳ないですが、そんな縁談の話、聞いたこともないんですけど……」
「当然です。これは私があたためていた計画なんですから!」
マジで身勝手! 政略結婚でもお断りしたいキャラだな……。
「魔王であるあなたと結婚することにより、すごい栄達ができるわけですよ。そのために式典に毎回参加して、あなたの注意をひいていたんです」
たしかに何もないよりはマシだが、秘書が式典呼んでないのに来る人と言ってたという記憶しか蓄積されてないぞ。
「そして、ゆくゆくは私の力で恋に落として再婚――という流れだったはずなのに……なんで女勇者の母親と再婚するんですか!」
しょうがないだろ、好きになったんだから! それが愛ってもんだし、そこに理由なんてないわ! あんたには関係ない。黙ってろ!
――そう叫んでやりたいが、愛だとか好きだとか大声で言うのはワシでも恥ずかしい。
むしろ、愛だとか好きだとか毎日のように言ってる奴のほうが軽薄で信用できない気がする。そんな奴は本当の愛とか好きとか知らないのではないか(魔王の個人的な感想です)。
ううむ、どう説明したものか……。
「……あなたに語る必要はないですな。これには……深遠な理由があるのです」
ウソを言ってしまった。
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