50 魔王、理解のある父親を目指す
魔族の記者たちはワシの顔を見ると、ちょっと怯えていた。
「これはこれは魔王様、本日もごきげんうるわしゅう……」
「お前な、ワシは何も取材の話とか聞いてないぞ……」
「アポなしで申し訳ないです。ただ、王妃様も皇太子殿下からもOKをいただきましたもので……」
たしかにレイティアさんの許可が出たら、大丈夫ということになるわな。
「皇太子殿下、雑誌ができましたら送付させていただきます」
「うん、お願い。イラストかわいく描いてね!」
「あ、そうだ。最後に一つだけいいですか? 外に『束縛の樹』を植えているのは魔族の矜持を示すためだったりしますか?」
「いえ、守りを高められるし、ちょうどいいかな~って」
アンジェリカへの取材を終えると、連中はそそくさと帰っていった。
「取材って久しぶりに受けたわ。勇者の時もなくはなかったけど、記者って失礼だったのよね。小娘扱いしてるのがモロにわかるっていうか。今回は敬意がこもってる感じがして悪くなかった」
「だな、皇太子だからな……」
「あのさ、儀式の時って付け角みたいなのつけたほうがいいの? あと、魔王っぽさが出るようなマントとかつけるべきかしら?」
「前例がないから、お前の要望があれば言ってみればいいんじゃないか……?」
アンジェリカのやつ、けっこう乗り気になってるぞ。
いや、そのほうがありがたいけど、それでいいのか?
「明日も取材が来るらしいわ。あと、マスゲニア王国のほうでも取材依頼があったから、OK出しといた」
今、わかった。
こいつ、目立ちたがり屋だ!
冷静に考えてみれば、勇者なんて目立ちたくない奴がなるものではない。
少なくとも周囲の目とかに興味ありませんって奴はそんな称号を辞退するだろうし、祭り上げられてもどこかに隠れちゃったりしそうなものだ。
あまり乗り気じゃなかった皇太子も、おだてられているうちに気が変わってきたようだな……。
「あのさ、私が魔王になったら、史上初のことなんだって。美少女の魔王として永遠に語り継がれるかもって」
「それ、この数年のうちにワシが死ぬの前提になってない?」
ワシが健在だったら、譲らんからな。本当に譲っても仕事が多いとか言って投げだしそうだし、せめてもうちょっと経営学とか政治学とか学んでから、実務はこなしてほしい。
それ以降もアンジェリカは、どんどん魔王をやる気になっていった。
「あのさ、今日、王国の取材が来て、歌を一曲頼まれてね。その声だったら歌手としてデビューできるって言われたの! マスゲニア武道場もいっぱいにできる実力があるって!」
なんで、歌手になるみたいな話になってるんだ!?
「アンジェリカ、フレー、フレー!」
レイティアさんは手作りの旗を振っていた。
「アンジェリカ、勇者って『人に勇気を与える者』とも読めるわよね。歌で勇気を与えるのも勇者の一つの生き方じゃないかしら?」
「さすが、ママ! これが新しい時代の勇者なんだわ!」
ヤバい! レイティアさんの褒めて伸ばす教育が効果的に機能しすぎている!
「アンジェリカ……。皇太子って基本的には堅苦しいものだぞ。あんまり浮かれてるとあとでギャップを感じてきつくなるぞ……?」
「皇太子のうちは自由に行動していいんでしょ? じゃあ、自分の能力を試すことに使ってもいいわよね」
正論ではある。
まずい。まさかアンジェリカがはしゃぎすぎる方向で不安になるとは考えていなかった。
ああ、年頃の娘だもんな……。いろいろ、試してみたいって気持ちがあってもおかしくないのか……。
「今度、王都で歌手のオーディションがあるの。それに参加してみるつもり」
「いや、それはちょっと……」
「アンジェリカ、頑張りなさい! ママがついてるわ!」
「うん! ダンスは盗賊のジャウニスが少しかじってるらしいから、あいつに習うことにするわ!」
もう、止められん……。
「今のアンジェリカが万が一、魔王になったら、大混乱をきたす恐れがある……。大至急、次の皇太子候補を探しておかねば……」
なお、アンジェリカは歌手オーディションを受けたが、予選で落ちた。
歌手になる夢は諦めてくれたかなと思ったが――
「アンジェリカ、一回ですべてが上手くいくわけないわ。何度だって挑戦するのよ」
「そうね、ママ! 私は満員のマスゲニア武道場で歌うまで負けない!」
いつからか、この母子の中でアイドルの頂点を目指す物語みたいになっている……。
ううむ、いくらなんでも歌手活動とかはやらずに静かに皇太子をしておいてほしいのだが……。ぶっちゃけ、そこまで歌が上手いとも思えんし。中の上ぐらいだぞ。
直接、本人に言うと反発を受けるのは必至なので、アンジェリカが自室で寝に行ったあと、レイティアさんに相談した。
「あの……アンジェリカの奴、暴走してませんか……? 皇太子兼歌手とかいくらなんでも盛りすぎかと……」
正直に父親としての不安を話せば、レイティアさんのことだし理解してくれるはずだ。
「わたし、アンジェリカには夢を素直に追いかける子に育ってほしいんです」
にっこりと、レイティアさんは微笑む。
「難しいからやめておけっていうのは正しいかもしれないけど、それだったら、あの子、勇者にだってなれなかったはずですよね。自分で納得がいくところまで駆け抜けさせてあげてもいいのかなって」
その慈しみに満ちた表情が、ワシの罪悪感を刺激した。
そ、そうか! 今のワシは難しいことはやめておけと反対するだけの典型的なうっとうしい父親になっていた! これではアンジェリカの信頼を得ることなど不可能!
いつのまにか、ワシはアンジェリカの将来を考えるという大義名分の下に、都合のいいことばかりを押し付けておったのではないか。
だいたい、皇太子をやってくれと言ったのも、ワシの都合ではないか。
理解力のある父親になるぞ……!
「レイティアさん、目からうろこが落ちました。あいつを応援したいと思います」
「ええ、ガルトーさん、お願い」
ちなみに、立太子の儀直前にあったオーディションでもアンジェリカは普通に落ちた。
やはり、歌手はきついんじゃないかな……。




