5 結婚だけは認める
新連載二日目です。今日も頑張って更新します!
「アンジェリカよ、ワシは…………レイティアさんと結婚したのだ」
女勇者アンジェリカは固まった。
石化魔法を受けたのかと思うほどだった。
これは理性がワシの言ったことを認識するのを拒んだ結果だな。
言葉を矢継ぎ早に繰り出すと余計に混乱しそうだから、しばらく黙っておこうか。
「ふぅ……」とアンジェリカは大きくため息をついた。
おっ、思ったよりも冷静な対応だ。そこはさすが女勇者といったところか。
だが、アンジェリカは自分のほっぺたをぎゅ~っとねじった!
「くそっ! なぜ、夢が覚めない! 早く覚めろ! こんな不吉な悪夢は見たくない!」
やはり冷静にはなれなかったか……。もっとも、これはごく自然な反応と言えなくもないか……。
「落ち着け! 夢ではない! 事実だ! 話を聞け!」
「そうよ、アンジェリカ。本当なの。ママ、再婚することにしたの~」
この場に似合わないおっとりしたレイティアさんの声。こんな特殊な状況下でも冷静さを失わないとは、勇者を産んだだけのことはある。控えめに言ってもすごい。レイティアさん、尊い。
「ママ、操られてるの……? それとも、脅されてるの……? 本当のことを教えて!」
ほっぺたをつねるのはやめたが、ワシが信用されてないのは間違いない。
「ガルトーさんのまっすぐな態度に惹かれたの。あと、この人、とっても紳士的だし」
「紳士的って、魔王だよ! そんなわけないでしょ! 毎日、罪もない人間を殺してその生き血をすすったりしてるよ!」
「そんなことはしてない。それは差別だ。別にワシは吸血鬼じゃないぞ。あと、人間でも動物の血を食材として使う民族だっていると思うし」
「魔王、お前は黙ってろ!」
黙れと言われた。年齢的には反抗期だしな……。
「そういえば、アンジェリカってそろそろ反抗期よね。とくにパパと一緒に服を洗濯とかされたら不機嫌になる頃よね」
「そうです。やはりレイティアさんは博識ですな」
「ママ、魔王を嫌うのと反抗期を同列視しないで! あと、魔王はちゃんと黙れ!」
黙るぐらいはたやすいが、黙ってても問題は解決しそうにないのだよな……。
女勇者が受け入れるかどうかは別として事実を把握してもらわんと、次のステップに進めんぞ。
ゆっくりとレイティアさんは女勇者のほうに歩いていき、その背中をぽんぽんと叩きながら、抱きしめた。
「落ち着いて。誰もウソは言ってないわ。ママ、再婚することにしたの」
母親の力は偉大だ。女勇者の表情がやわらいだ。
「百歩譲って再婚はわかるとして、どうして魔王なの……?」
「この人、あなたを丁重に送り届けてくれたのよ。そのあと、少し話をしたけど、誠実な人だってすぐにわかったわ」
「そんなの、騙されているだけ――」
「ママ、人の目を見る自信だけはあるの」
レイティアさんがそう言うと、女勇者は何も言わなくなった。
「ワシも無茶なのはわかっている。だが、レイティアさんに一目惚れしてしまったのだ。その気持ちに偽りはない。それで思い切ってプロポーズを……した……」
アンジェリカはレイティアさんの手をほどくと、じっとワシを審査するように見つめた。
それから、くるっと背中を向けた。
「ママが誰と結婚するかはママが決めることだから、それはしょうがない。でも…………私はそいつを父親だとは認めないから!」
そう言って、部屋を出ていってしまった。
「ま、待て……お、女勇者!」
「魔王の言うことなんて勇者が聞くわけないでしょ! しばらく一人にさせて!」
自分の部屋にばたんと女勇者は引きこもってしまった。
これを無理に開けようとしたら、もっと仲が険悪になるだろうな。
じっとドアの前で立ち尽くしていると、ワシもぽんぽんとレイティアさんに背中を叩かれた。
「ま~、想定の範囲内ですかしらね~。あの子じゃなくても、びっくりしちゃうかな~」
「ですね……。悪い冗談だと思って当然です」
「ここはプラス思考でいきましょう。ほら、あの子、わたしが誰と結婚しようと文句は言わないって言ってたでしょう」
「ああ、そうですね……」
ワシは父親としては認められてもいないのだが。
「つまり、ガルトーさんを父親として受け入れる心の準備はできてないけど、結婚は反対しないということよ。ガルトーさんが名義の上で父親になることまでは認めてやるって言ったの」
解釈の仕方ではそう理解することもできるか。
「結婚自体を認めないって言うよりは、ずっとマシだって思いません? 壁はいずれ、ゆっくりと崩していけばいいんですよ」
「レイティアさん、ありがとうございます……」
「ほらほら、ガルトーさんが落ち込む必要はないですよ。食事の続きをしましょう。おなかがすいてるままだといい考えも浮かばないですから~」
ワシとレイティアさんは食事を再開した。
先ほどよりワシはこころなしか姿勢を正していた。
年頃の娘に軽蔑されないように生きていかなければ。だらしない奴と思われれば、いよいよ信用を失ってしまう。
女勇者というぐらいなのだから、ワシが真面目にやっている姿を見せていけば、いつか心を開いてくれるのではないか。
「そういえば、ガルトーさんは初婚なんですか? それとも再婚?」
さりげなく、レイティアさんが尋ねてきた。
たしかに黙ったままではよくないだろう。
早いうちに伝えておくべきだ。なにせ、彼女は妻なのだから。隠し事はあってはいけない。
「少しだけ湿っぽい話になりますが、よいですか?」
ワシは前妻ササヤのことをゆっくりと語った。
話の最中、初めてレイティアさんは悲しげな表情になった。人の苦しみに共感するやさしさと強さを持った人なのだ。
「それはおつらい経験でしたね。しかも人間と比べると、ずっとずっと長い時間、耐えてらっしゃったんですね……」
「はい。ただ、調子のいい話かもしれませんが、レイティアさんと出会った時、亡き妻に背中を押されたような気がしたんです」
――もう、自分にかまわずに幸せになれと。
「それはそうですよ。わたしだって自分の愛した人が、ずっと寂しく生きているのを望んだりしないもの」
レイティアさんはササヤの表情でも思い浮かべているようだった。
「すみません、ほかの女性の話をしてしまって」
「いいえ。それに、わたしだって、前の夫のことを考えはしましたわ。それがないほうがおかしいし、前の夫のことを忘れ去ってしまったような女をガルトーさんも好きにならないでしょう?」
まったくだ。思い出さないほうがおかしい。
「あの、聞いてよいことなのかもわかりませんが、レイティアさんはどうしてこれまで再婚なされなかったのですか?」
「簡単なことですよ」
ふふふっとレイティアさんは笑う。
「夫が亡くなった時、まだあの子――アンジェリカは幼かったから。あの子を育てるのに必死で、自分がまた恋に落ちる余裕がなかったんです」
ああ、ワシとレイティアさんは似ているようでまったく違っていたのだ。
ワシとササヤの間には子供がいなかった。だから、子供との関係というものがなかった。
しかるに、ワシは子育て初心者。
いきなり年頃の娘ができて、上手くやっていけるのだろうか……。
最初のエピソードはこれでおしまいです。次回から少し新展開になります! 今日中にもう1,2話更新できればと思っております!