49 魔王、立太子の儀をやる
しばらく後。
ワシは正式な使節をマスゲニア王国の下に使わした。
内容は「あなたの国の勇者をうちの国の魔王にするけど、それでいいですか?」というものだ。
勇者という職業は自称してる奴とかを除けば、国家が冒険者の中から定めるものだ。なので、人間の国家も絡んでいるので確認をとった。
原則、勇者に選ばれるのは剣技にすぐれ、さらに魔法も使用できる者ということになっている。
古来、伝説上のパラディンなどは剣の腕前だけでなく、魔法を駆使したと言われている。それを引継いでいるのだ。
魔法を使用できるということは、そこそこ知識もあることが多い(なので、以前のアンジェリカは例外だった……)。
ということは、儀礼にも通じていて、王国に恥をかかすようなことはない。
マスゲニア王国としても、無難な人選なのだろう。
あと、実力としても、剣も魔法も使える者はだいたい申し分ない。才能の観点からいけば、ずば抜けている。そこはアンジェリカも同様である。
――で、わかっていたことだが、許可はあっさり出た。
「アンジェリカ、魔王になっても王国は問題ないそうだ」
「あっ、止められたりしないものなんだ……」
食事中にワシに言われたアンジェリカは意外そうな顔をしていた。
わざわざ魔族の要望を突っぱねて関係を悪化させる意味もないし、人間が魔王になることで魔族の側を支配できるチャンスもなくはない。
マスゲニア王国としてみれば、そんな悪い話じゃないんだろう。
それと、言うまでもないけど、水面下で協議してたからな。
いきなり、前ぶれなく、そんなことを向こうに言いにいくことなんてしないぞ。
「アンジェリカ、皇太子になるのね~♪ すごいわね。大出世ね~」
「ママ、そんな見習いから親方になったみたいなノリで言うことじゃないわよ!」
皇太子になることを認めていたとはいえ、まだアンジェリカには戸惑いがあるらしい。
それが普通だよな。皇太子だし。
「ま、まあ、いいわ……。あくまでも私は勇者でもあるわけだし、この地で女勇者として暮らすだけのことよ。名目が変わったからって、どうってことはないわ」
アンジェリカは自分に言い聞かせるように言った。
「それで合ってるわよね、魔王? 事前に確認は取ったと思うけど、魔族の土地に引っ越しとかするつもりはないわよ?」
「うむ、そのとおりだ。ワシが魔王として健在である限り、お前の生活にはなんら支障はない。だが――」
「何よ、その『だが』っていう言葉は……?」
「皇太子になったことを魔族たちに示す儀式――立太子の儀は行わないといけない。それはワシの城でやるぞ」
「えーっ? 面倒くさい……」
「アンジェリカ、当日はおめかしして参加するのよね。ママ、うれしいわ~。結婚式みたい」
なんか、レイティアさんを立太子したほうが話が早そうだが……いくらなんでも人間の一般人を魔王の候補にはできんな……。魔王って武力も重視されるからな。
「そんな何週間も城に行かないといけないわけじゃない。我慢してくれ。料理もお前の好きなもので統一するから」
「はいはい……。皇太子をやってもいいと言ったのは私よ。勇者は約束は守るわ……」
「友達に招待状送らないといけないわね~♪」
「レイティアさん、魔族の土地は人間の国からはかなり遠いですよ?」
「そこはどうにかします。交通費も支給してもらえるのかしら?」
どんどん結婚式っぽくなっている気がするが、まあ、いいか。一世一代のことというのは事実だし。
こうして、魔族の側にもアンジェリカを皇太子にすることが発表され、立太子の儀の日程も定められたのである。
正式発表の日、秘書のトルアリーナには「魔王様、いつも堅実なのに今回は力技に出ましたね……」と言われた。
「これが最良の策なのだ。魔族が混乱するリスクを最も下げることができる。あとは魔族と人間の友好の証とか適当な理由を付け加える」
「まあ、所詮は形式的なことですしね。そう、大きなことは起こらないですよね。ええ、問題なく終わりますよ」
「なんか、フラグっぽく聞こえるからやめてくれ……」
だが、その日、帰宅して家の敷地内に入った途端――やけに多くの気配を感じた。
この気配は人間ではなくて魔族だ。
まさか、アンジェリカを亡き者にしようとする者がいるということか?
たしかに遠縁の者には、皇太子の座を狙っていた者もいるだろうが――
それはあまりにも策として稚拙だ。
暗殺を行った罪を着せられれば、結局、皇太子になどなれん。かえって魔王の子を殺したとして、完全に滅ぼされることになる。
そんなつまらないことはしないはずと思っていたが――そこまで連中が愚かだった場合は……。
「アンジェリカ、レイティアさん!」
ワシはあわてて、ドアを開けた。
「では、アンジェリカ皇太子殿下、皇太子としての抱負などあれば聞かせてください」
「ええと……私は勇者でもあるので、みんなに勇気を与えられる、そんな魔王になれたらいいなと思ってます……」
「なるほど、なるほど。では、雑誌にイラストを載せますので、こちらの画家のほうに朗らかな笑みを向けていただけますか? ああ、もう少しだけ首を引いてもらえますか?」
「こう、ですか……?」
「ああ、ちょうどいいです。そのまま少しだけ動かないでいてもらえますか?」
魔族の記者に囲まれてインタビューを受けてるっ!
どうも、アンジェリカはまんざらでもなさそうな顔をしている。
「記者の皆さん、新しいお茶ですよ~。魔族の方の口に合うかはわからないんだけど」
レイティアさんもけっこう楽しそうだな……。
「ありがとうございます、王妃様」
「あら、やだ。王妃だなんて~。お世辞がすぎますよ~」
レイティアさんは両手を頬に当てて、うれしがっていた。
「いえいえ、文字どおり、魔王様のおきさきですから、王妃様ですよ」
「そういえば、ガルトーさんは魔王だったわね~♪」
そこは忘れないでくださいね、レイティアさん!
やっぱり、ワシ、魔王っぽさがないのだろうか……。




