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48 魔王、娘に頼み込む

 アンジェリカはぽか~んとした顔になった。

 魔族ってわけわからないなと思ってるな、これ。

「魔族って、そのあたりフレキシブルにもほどがあるんじゃない?」


「いやあ……リューゼン家の直系と言える一族はワシぐらいしかおらんし、親類もしょぼいのばっかりなんだ……。魔族の偉い連中も最終手段みたいに考えてはいる」

「でも、その最終手段が私ってことね。魔族ですらないけど」


「法的にはお前がワシの唯一の子供だから、そこは大丈夫らしい。あとは……お前が魔族と結婚すればそれでいいだろうという話に……」

 アンジェリカが顔を赤くした。

 内容的にセクハラぽかったかもなあ……。


 しかし、しょうがないではないか! 生殖を無視することもできんし!

「ほら、アンジェリカが魔王になれば、つまりすべての魔族の頂点に立てるんだぞ? それは、ある意味、勇者が立つべき地位として正しいところと言えなくもないんじゃないかな……?」


「やっぱ、魔王は魔王ね……」

 キレるというよりあきれたという顔で、アンジェリカが背中を向けた。

「食後のお菓子はもういらないわ。一人にさせて」


 アンジェリカは外に出ていった。夜風にも当たるのだろう。

 やはり、いきなりこんなことを言い出されても衝撃が強すぎただろうか。

「あの子ったら、お菓子はもういいって言ったけど、全部食べてるわね~」

 レイティアさん、その自分の世界観を少しも変容させない芯の強さ、好きです。魔王であるワシに必要なのはそんな胆力かもしれない。


「ガルトーさん、気にすることはないわよ。王族なら、王位継承問題も当然起こるわ」

 レイティアさんはワシを慰めるようにお酒をついでくれた。

「でも、娘の心を波立たせてしまったことは事実です」


「あの年ごろの子はね、自分の将来を何かに決められることが嫌なのよ。あの子に限ったことじゃなくて、どこにでもある話だわ」

 まあ、ワシが魔王でなくても、「靴の工房を継げ!」「嫌だ! 王都に出て一旗あげるんだ!」みたいなやりとりは王国の中でも毎日のように行われているだろう。


「どこにでもある話なら、わかりやすい解決策があればいいんですが……」

「そんな便利なものはないわ。あの子を信じて、丁寧に丁寧に説明する、それしかありません」

 ぽんぽんとワシの肩をレイティアさんは叩いた。

「わたしも協力はしますけれど、魔族のことだからガルトーさんが前に立って話すしかないですよ。父親として頑張ってくださいね」


 父親として、か。

 そういえば、子供の将来のことでもめるというのも、父親の仕事なのかもしれんな。

 今まで子供がいなかったから、それを経験せずに済んでいたが、ワシもその洗礼を受ける立場に来たということらしい。


「わかりました。逃げずに向き合います」

 娘に逃げてばかりいる父親は魔王であろうとなかろうと、格好悪いだろう。



 ワシは食事を終えると、外に出た。

 素振りの音が聞こえてきたので、アンジェリカの存在はすぐにわかった。

 勇者としての修練をやっているということだろう。


「そのまま素振りを続けてくれていていいから、話だけ聞いてくれないか」

 少し間を置いてから、ちらっとアンジェリカはワシを一瞥した。

「ダメと言っても話すんでしょ。勝手にやりなさいよ」

 そして、また素振りに戻る。

 一心不乱にやっているように見えるが、意識はワシのほうに向いてしまっている。これでワシを気にせずにやるというのは無理があるか。


「皇太子といっても、あくまでも便宜的なものだ。それで魔王になるのが確定というわけでもない。たとえば、その……ワシとレイティアさんの間に子供ができれば、そちらが皇太子として第一候補に……」

「やっぱり、やることはやってるんだ」

「そうは言ってない……。あくまでも、理論上、そうなるというだけのことだ……」


 どうしても性の話が絡むから義理の娘にするの、相手としては最悪に近いな……。


「現状、お前にすぐに譲るというような意味はない。どちらかと言うとだな、遠縁の親戚には王位を譲るつもりはないぞとアピールすることのほうに意味がある。そのことが多くの者に伝われば、将来的に信頼のおける者を養子にして継がせるといったこともできる」


 これは本当のことだ。

 魔族の重鎮たちも、人間の娘になんとしても魔王をやってほしいとまでは思ってない。

 家柄ぐらいしか誇るもののないリューゼン家の分家の分家の分家みたいな奴の立場を封殺することのほうを重視している。


「つまり、政治的に利用するから、名前を貸してくれってこと?」

「お前なあ……ストレートに言いすぎだろう……」

 そんな喧嘩腰に来られると父親としてもつらい。


 アンジェリカはぶんぶんと素振りの練習を続けている。

 これ以上、向こうから何か言ってくるつもりはないらしい。


 いや、それも当然だな。

 ワシははっきりと頼んでないままではないか。


「アンジェリカ、どうか、皇太子ということになってくれないか。お前が必要なのだ!」

 ワシはアンジェリカに向けて、叫ぶように言った。

 夜だからか、よく声が通った。


「お前がどうしても嫌だというなら、裏で養子の選定を進めておく! 魔王になるかどうかは最終的にお前が決めていい。お前の人生を縛ってしまうことはないと約束する!」


 アンジェリカは素振りの手を止めて、こちらを見た。

「一つ、条件があるわ。私は勇者でもある。王国にあなたのほうから私が魔王の皇太子になるという話を通して。王国を裏切ったような扱いになるのは勘弁だからね」


 ワシのわがままを聞いてくれるんだな。

「承知した! すぐにでもこの件を王国に報告して協議をする!」


「はいはい。それならいいわよ」

 アンジェリカはふぅっとため息をついた。

「しょうがないわ。あなたに勝てなかった私にも責任があるのよ。この世界を平和にした立役者は私じゃなくて、あなたのほうだしね」


「練習、付き合うぞ」

 ワシは常備している剣を抜いた。

「じゃあ、遠慮なくやってもらうわよ!」


 これでアンジェリカには借金ができてしまったな。

 次はアンジェリカのわがままを一つは聞かないといけない。


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