47 魔王、勇者に家を継がないか聞いてみる
アンナイスは拳を握り締めて、ワシに進言した。
「ぜひとも、早急にアンジェリカ殿を正式に皇太子に指名するべきかと思います! そうすることで魔族全体の安定につながります! アンジェリカ殿は魔族のことについて詳しくないかと思うので教育の時間も必要でありましょうし!」
「それはそうかもしれんが、勇者だった者が『はい、魔王やりまーす』と言うとは思えないのだが……」
「なあに、魔王様がやれと命じれば誰であろうと従うしかありますまい。ここはびしっと言ってやってしまえばよいのですよ。ふぉっふぉっふぉ」
こいつ、他人事だと思いおって……。
「あっ、それとも再婚なさった奥方がおめでたとか? それなら、そのお子のほうが魔王様の血が入っておりますから魔王を継ぐべき資格はより強いかと思いますが」
「それは……今のところ、まだないかな……」
「とにかく、仮でもよいので、この機会に後継者を発表しておくのは悪いことではないと思います。リューゼン家で有力なのは、もはや魔王様お一人と言ってもよい状況でございますし、リューゼン家の王朝が変わることにも今は世論もそう反対感情はないかと」
いつのまにか、ほかの十六将たちも何人かうなずいていた。
知らないうちに雑談が実質的な議題みたいになっている……。
「魔王様、それがしもそのように考えます!」
「名門の実力が備わってないリューゼン家の遠縁の者を王にするよりは、魔王様の娘となっている者に任せるべきかと!」
「魔族全体の未来のためにもご検討を!」
うっわあ……これは面倒なことになったぞ……。
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「ただいま……」
ワシは暗い顔で帰宅した。
「あっ、魔王、おかえり。なんか上司に怒られた会社員みたいな顔してるね。魔王に上司なんていないけど」
アンジェリカはダイニングでお菓子を食べていた。食事はもう済んだのだろう。
「ガルトーさん、おかえりなさい。今、料理を出しますからね~♪」
「はい、ありがとうございます、レイティアさん」
アンジェリカは自室に行かずに、まだテーブルに残っている。
言うなら早いほうがいいか。堅苦しい空気になると嫌だし、レイティアさんにも伝えているほうがいいよな。
ワシの夕飯が来たあたりでワシはアンジェリカに言った。
「なあ、アンジェリカよ。……魔王に興味ってある?」
アンジェリカが気持ち悪いものを見る目になった。
まさに思春期の娘が父親に対して作る表情って感じ……。
「どういう意味? それって『父さんのこと、好きか?』みたいな質問の亜種? だったら、そういう質問をしてくること自体がキモいとしか言いようがないんだけど」
「違う! それは誤解だ! ワシではなく、あくまでも魔王という概念に興味があるか聞いているのだ!」
「そりゃ、興味はあるわよ。勇者は魔王を倒す存在と定義できなくもないわ。歴代の勇者には魔王を倒せずに敗れていった者もいるけど、やっぱり目立つのは魔王を倒した勇者よね。少なくとも最大の功績が溝掃除とかって勇者は存在しないでしょ」
それもそうか。
やっぱり、言い出しづらい!
なれるものならなってみたいなんて意見は絶対に引き出せんだろ!
「それで、魔王、どうしてそんな質問をしてくるのよ」
「今日はいいシカ肉とウサギ肉が入ったんですよ~。あなたが使ってる香辛料で味付けしてみたわ~」
「おお、これはおいしそうですな。しっかり食べて、明日もまた頑張ります!」
「チャンスとばかりに夫婦の話題に逃げるのやめて。確実に何か言おうとしてたでしょ! 魔王という概念に対する意識調査みたいなことだけして終わりってわけないし!」
アンジェリカにはしっかりとバレていた。
「あのな、ワシは現役の魔王だ」
「うん、知ってるわよ」
「つまり、このマスゲニア王国の国王みたいなものだな」
「それもわかるわよ」
「……さて、問題だ。国王は次の国王を決める争いで国がもめないように事前に次の国王候補を決めます。これを何と言うでしょう?」
「なんでミニクイズがはじまるわけ……?」
うん、ワシも強引だったとは思っている。
「とにかく、答えろ」
「国によって用語としては異なるかもしれないけど、いわゆる皇太子ってやつよね」
「うん、それで当たっている」
レイティアさんが「アンジェリカ、賢くなったわね~」と褒めていた。多分、それぐらいは勉強して賢くなる前から知ってたとは思います。
「それでだな……魔王の皇太子って誰だと思う?」
「知らないけど、魔王に子供はいないのよね。だったら、従兄弟とか甥とかになるんじゃないの? それもいないなら、もっと遠い親戚にやらせるわよね。魔王の親戚がほかの王家に嫁いでるなら、そこの当主が魔王の家も継いだりするんじゃない?」
あっ、たしかにアンジェリカは賢くなってる気がする。この一か月で偏差値が十五ぐらい上がってるような。
でも、アンジェリカを褒めておしまいというわけにもいかない。
「実は、長らく決めてなかった。全然マシな候補がいなかったのだ。前々から決めとけとはせっつかれていたのだが、ワシが元気だったしそこまで急がなくてもいいかなという空気だった」
「魔王は老いぼれって歳じゃないものね」
「ただ、今日、会議があってな……」
ワシはそうっとアンジェリカを指差した。
「お前を魔王の皇太子にしたらいいんじゃないかという話になった……」
アンジェリカはにっこりと笑った。
かえって、怖い。なぜ、笑う?
「魔王、帰宅する前にお酒でも入ったんじゃない? 酔って変なことを言ってるわよ」
「冗談ではない。マジだ。だからこんなに話しづらそうにしているのだ……」
「おかしいにもほどがあるでしょ!」
アンジェリカが立ち上がって、文句を言った。
やっぱり、怒った!
「私は勇者よ!? そりゃ、戸籍上は魔王の娘になったかもしれないけど、なんで勇者を魔王の後継者にするのよ!? しかも、魔王と血もつながってないし!」
レイティアさんは、細い目をさらに細めて「あらあら~」と言っている。
今のアンジェリカを止めてもらうのは、ちょっと荷が重いな……。
「お前の言うことはもっともだ。しかし、ワシの親戚にろくな者がいなくてな……そんな連中に魔王という大任はつとまらない。ならば、いっそ勇者だった者にやらすぐらいのほうが気骨もあっていいだろうという話になっているのだ……」
アンジェリカはぽか~んとした顔になった。
魔族ってわけわからないなと思ってるな、これ。




