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45 魔王、勇者が試験に合格したとみなす

 一週間ほど勉強をすると、アンジェリカは読み書きぐらいは問題なくできるようになった。


「はっはっはっは! これぞ、私の実力よ! もう、バカとは呼ばせないわよ!」

「威張れるような実力ではないが、一人で手紙を書ける程度の水準にまでは到達したな」

「もう、パーティーのみんなにも『こいつ、バカだ』って視線を受けずにすむわ!」

 少し泣きそうになった。

 お前、やっぱり、そういうの気にしてたんだな……。


「うん、アンジェリカよ。この修練によくぞ耐え抜いた」

「やはり、私は勇者ね。選ばれし人間なのよ」

 イキるには程度が低すぎるが、先週のアンジェリカより格段に賢いことは疑いようがない。まあ、レベル1より弱くなることはないようなものか。


「うむ、だが、ここからが本番だ。今までは序章みたいなものである」

「序章? え……? ウソでしょ……?」

 アンジェリカが不安そうな顔になったが、ウソではない。


「明日からは午前と昼も授業をやるぞ。そして、様々な科目と戦うのだ! 心してのぞむがいい!」

「はん? やっぱりふざけてるのね。そんなの、魔王の働いてる時間とモロかぶりじゃない。まあ、気が向いたら十日に一日ぐらいは自主的に勉強してあげてもいいけど」

 もう、何があろうと自主的に勉強する気ないだろ。


「ならば、明日、何が起こるかをその目で見て絶望するがいい!」

 ワシは魔王っぽい発言をして、アンジェリカの部屋を出た。


「お疲れ様~♪」

 レイティアさんがお茶を入れて待ってくれていた。娘の教育は妻との二人三脚で行われているのだ。

「アンジェリカはこの一週間でずいぶんまともになりましたよ。最低でも『どうしようもないバカ』と呼ばれることはないでしょう」

「よかったわ。明日から、もっと賢くなってくれればいいんだけど」

「ええ、レイティアさん、よろしくお願いします」



 翌日、夜に帰宅すると、アンジェリカが涙目になっていた。

 恨みがましくワシのことを見ている。

「魔王、私をだましたわね……」

「お前に何もウソをついたことはないぞ。むしろ、お前が勝手に自分で自分をだましたのだ」


「なんで、魔法使いのセレネと神官のナハリンが授業に来るのよ!」

「家庭教師として呼んだに決まっているだろ」

 セレネもナハリンもアンジェリカと同じ冒険者パーティーだ。

 魔法使いも神官も頭がそれなりによくないとできないので、かなりの知識を持っている。初等教育ぐらい、何の問題もない。


「二人とも、アンジェリカを賢くするために協力してくれと話したら、ぜひともと言ってくれたぞ。よい仲間を持っているではないか」

「パーティーが魔王の手に落ちてただなんて……」


 人間も魔族も同じような知識レベルの奴と話が合うので、バカのままだとお前だけ孤立してしまうのだ。それが嫌だったら、もっと勉強しろ。


「早くワシらと同じ領域まで上がってくるのだな。ワシは大学に留学できるほどのところで待っているからな。せいぜい、こつこつと追いついてくるがよいわ」

「セレネはやたらと厳しいし、ナハリンはぼそぼそ言ってて聞き取りづらいし、大変なのよ……」

 セレネとナハリンが家庭教師に向いてるかどうかは不明なので、技術的なことは知らん。仲間なんだからどうにかついていけ。


「私は負けない……。だって、勇者なんだから、諦めてはいけないわ……」

 おっ、その表情はまさしく戦う者のものだ。

 魔王を倒すということに向けていた信念を勉強をするという方向にシフトしてくれ。

 お前が偉大な学者になる可能性だって少しぐらいはあるとワシも信じているぞ。叩き上げは時にとてつもない粘り強さを発揮するからな。


「それに、カリキュラムを一つクリアするごとにママがお菓子を作ってくれるし……」

 食べ物に釣られている……。

 でも、レイティアさん、しっかりと娘のコントロールができている。さすがです。



 アンジェリカのパーティーの協力もあって、勇者アンジェリカは勉強漬けの日々を送った。

 本人いわく、ワシの城で戦った時より、よっぽどつらかったらしい。それはおおげさだろう……。


 ――で、一か月が過ぎた。


 その日は休日だった。ワシだけでなく、セレネとナハリンも並んでいる。

 アンジェリカの席の前には数枚のプリントが置いてある。


「では、今から学力診断テストを行うぞ。はじめっ!」

 アンジェリカはプリントに名前を書き込み、答案作成に取り掛かった。


 小声で神官ナハリンが言った。

「これまでにない気迫を感じる。アンジェリカにとってこのテストは戦場も同じ」

 腕組みしたまま、魔法使いセレネもうなずいた。

「勇者アンジェリカが次のステップに進めるかどうかの試金石になりますわね」


「進めなくともよいさ。また、挑戦すればいいのだ。やる気のある者に対して門戸は大きく開かれている」

 勉強をするという意志を持てば、その時点でアンジェリカは勝ったも同然だ。


 そして、テストは終了の時間を迎えた。


「さあ、採点をしなさい!」

 プリントをアンジェリカがワシらのほうに差し出した。


 早速、ワシらは別室で自分が担当した科目の採点を行う。


 アンジェリカよ、お前の想い、徹底してこの目で見究めてやるからな。


 採点は無事に終了した。


 ワシら三人は再びアンジェリカの前に現れると――

 拍手を送った。

 結果は見事――合格!

「まだ付け焼刃だから、すぐに大学に入るのは難しいが、この調子で勉学に励めば必ずその壁を突破できる、それぐらいの成長だぞ」

「これほどの真摯な姿勢、神官にも滅多にあるものではない」

「アンジェリカ、やりましたわね! 掛け算すら危うかったあなたが高等算術を理解するだなんて!」


 アンジェリカは胸を張った。

「私は勇者なんだからどんな困難にも打ち勝って当然よ」


 ――ただ、そのあと、反動が来た。

 魔法使いセレネが泣きついてきたのだ。


「アンジェリカが冒険者という職業はリスクが高いから定職につきたいと言っていますの!」

「そうよ、セレネ、冒険者は将来の保証というものがないわ。それに、体力的に衰えてくると、活躍するのも難しくなるから、生涯で働ける期間もあまり長くない。賢い者なら安定した職業につくべきよ。そのための文化資本も私たちは手に入れたじゃない」


 しまった。

 冒険者という概念自体を否定しだした。


「アンジェリカ、お前はあくまでも勇者なんだし、そこはそのまま行ってもいいんじゃないか……?」

「でも、勇者というのはなかば称号みたいなもので、国の保証がとくにすぐれているわけでもないわ。まあ、私は積立式の年金には加入するつもりだけど」


 そのあと、セレネと一緒にアンジェリカを説得するのに三時間かかった。向こうも理論武装しているので大変だった。

 賢くなればいいというものでもないんだな……。


義理の娘に勉強を教える編はこれでおしまいです。次回から新展開です!


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