44 魔王、娘の勉強を見る
書籍化が決定しました! 詳しくは活動報告をご覧ください!
「えーっ! なんで……。そんな面倒くさいことしたくないし!」
思春期の子供が勉強大好きということはあまりないが、アンジェリカの場合、いくらなんでもひどすぎる。
「いいや、勉強してもらう! だいたい、お前、勇者だろうが! 魔王より頭が悪くて平気なのか!?」
「くっ! それはそうだけど、私には愛とか勇気とか正義とかがあるからいいのよ!」
出たな、それっぽい言葉で煙に巻く作戦。
ワシはペンをアンジェリカに差し出した。
「じゃあ、勇気と正義って単語をそれぞれ書いてみろ。この本の余白でいいわい」
「バカにしないでよ。私は勇者よ!」
しっかり、間違えていた。
ヤバい。単語レベルで書けてないってことは文章とか書くと壊滅的なことになるだろ。
「本気でイチからみっちりやるからな……。目標はマスゲニア大学に合格できるぐらいだ」
「そんな世界最難関のダンジョンに挑むようなことをさせるなんて……どれだけ鬼畜なの……?」
それだと、世界最難関のダンジョン、毎年数百人はクリアしてることになるんだが……。
父親としての仕事が一個増えた瞬間だった。
●
翌日の夜、ワシはアンジェリカの部屋にいた。
机にはアンジェリカが着席している。その横でワシは立っている。
なお、レイティアさんももちろん「素晴らしいわ~♪」と二つ返事で賛成してくれた。勉強させて娘の頭をよくすると言えば、レイティアさんじゃなくても、どこの親だって反対するわけがないのだ。
「うう……こんなことになるなら、魔王を戦闘で倒しておくんだった……」
お前、クリティカルが偶然三連続で決まってもワシが余裕勝ちだったからな……。
「まずはお前の実力がどれぐらいのものかわからないので、語学の初級編のテキストを用意した。いくらなんでもこれぐらいはわかると思うが――」
「ぐぅ、すぅ……」
寝落ち早すぎるだろ!
どういうことだ。まだスタートすらしてないぞ……。あと、寝落ちって一人で勉強してるうちに単調になってきて眠くなるものだろ。なんで、横でワシがしゃべっているのに寝れるんだよ。
ワシはアンジェリカの肩をゆすった。
「起きろ。むしろ、どうやって寝れたの? 寝不足なの……? 夜更かしなの……?」
「一日八時間寝てるわ」
ちゃんと睡眠もとれている。となると、体が勉強に対して拒絶反応でも示しているということだろうか……。
「まずは次の単語を書いてみろ。ワシが横で採点する」
「この程度のことなら、私が一人で自己採点すればよくない? 覚えてるか覚えてないかだけでしょ?」
「まったくの正論だけど、お前一人だと絶対に勉強せんだろうが。監視する奴が必要だ」
「やっぱり、魔王は勇者の言葉なんて信じられないというわけね」
いや、勇者と魔王の問題に置き換えて逃げるのやめろよ。お前がバカなだけだよ……。
しばらくやらせてみたが、うろ覚え率が高い。
一方で、読むことに関しては単語レベルでは日常で困らない程度のものはわかるようだ。
つまり、勉強をまともにしなかったことをよく示している。
人間の世界って義務教育はなかったんだよな。ワシ、提言しようかな……。
「うん、野菜や果物は全部読める。書くのも練習すればどうにかなるだろ。これぐらいは今日中にクリアできそうだな」
「すごく速い成長ね。これが私の実力よ」
キャベツとかタマネギとかの単語の時点でつまずく奴なんておらんだろ。
しかし、こういうのは褒めて伸ばすべきだろう。というか、ダメなところが多すぎるので、それを列挙するだけでも、勉強が嫌いになってしまう。
「うん、素晴らしい! さすが勇者だ! 次は部屋にあるものを単語で書いてみよう! さあ、いけ!」
「魔王、私のこと、バカにしてるでしょ?」
「本当にバカやからしょうがない……」
そこは冷めずにそのままおだてられてくれよ。
そのあとも空しい勉強がしばらく続いた。
でも、レベルが低い分、成長が速いのか、まあまあやる気になってくれたようだ。寝落ちもなかった。
「さあ、十回ずつ書き取りをやるのだ! こんなもの、覚えるか覚えないかだけの世界だ! 全部暗記すればそれで勝ちだ! お前ならできる! お前は勇者だ!」
「壁、壁、壁、壁、壁、壁……」
ぶつぶつ唱えながら、アンジェリカは単語を書いている。
だんだんと特殊な拷問をしているみたいな気持ちになってきたが、あくまでもアンジェリカのためになることをやっている。
「よし、この調子で行けば大学なんて一年もすれば合格できるようになる! さあ、やれ! 栄光はこの先にある!」
「窓、窓、窓、窓、マド、マド、まど、まど、ろみ、まどろみ……ぐぅ……」
ついにまた寝てしまったか。自由連想法みたいな高度な眠り方をしたな……。
ワシは書き取り用のノートを手にとってみた。
なんだかんだで日常の単語はほぼ書けるようになっているみたいだ。
「別に物覚えが悪いわけではないんだな。たんにこれまで少しもやっていなかっただけのようだ」
うむ、アンジェリカよ、つらくとも立ち向かえ。困難に立ち向かう者こそ、勇者だぞ。
あと、算術とか歴史とかほかの科目も今後教えるからな。そこは覚悟しておけよ。
――と、そこにお茶とお菓子を持って、レイティアさんが入ってきた。
「どう? しっかり勉強できてる?」
がばっとアンジェリカが跳ね起きた。
「わあ、お菓子! お菓子! お菓子の香り!」
食べ物に反応して目を覚ました!
こいつ、本能のままに生きてるにもほどがあるぞ……。
レイティアさんがワシに耳打ちした。
「アンジェリカは根は単純だから、うま~くおだててね」
「レイティアさんも把握してるんですね……。そりゃ、そうか……」
「教え方次第ですごく吸収する可能性はあるの。剣術だって勇者になれるぐらいにまで成長したんだから」
たしかに。
今日も範囲のことはクリアできている。
むしろ、このままのペースを維持してずっと学習していければ、本当に賢くなる可能性もあるのでは?
ちょっと親バカがすぎるだろうか……。
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