4 義理の娘にカミングアウト
無事にできた料理をワシとレイティアさんは食べることになった。
ここは人間の王国でも農村地帯だから、そこまで珍しい食材があるわけでもない。素朴な田舎料理が並んでいるといった調子だ。
それでも見た目以上にはなやかに見える。すべての料理から湯気がたっているからだろうか。
スープを口に運ぶと、じんわりと味が広がった。
「まろやかな味ですね。いい塩を使われているのではないですか?」
「おいしいとしたらガルトーさんが手伝ってくれたからですよ~♪」
本当にレイティアさんは笑みを絶やさない。それだけでワシのほうも楽しくなってくる。
「レイティアさんはお強いですね。さすが女勇者の母親です」
ワシは心底敬服していた。
「あら、やだ。強いって、わたしは冒険者じゃありませんし、ガルトーさんのほうこそ、圧倒的に強いじゃないですか~」
今度はおかしそうに笑うレイティアさん。笑顔は健康にもいいのか、とても女勇者の母親には見えない。お世辞でもなんでもなく、最初に見た時、姉だと思った。
「そういった強さとはまた違うんです。レイティアさんの強さは、いわば、しなやかな強さなんです」
「ごめんなさい。難しくて、ガルトーさんの言葉がわからないです」
しまった。抽象的な議論みたいになってしまったかもしれん! うっとうしい男だと思われるぞ!
「レイティアさんのように、ずっと笑顔を続けるということは戦闘で強くなるよりはるかに大変だということです」
できるだけ短くまとめた。
ワシの場合、妻のササヤが亡くなって以来、心から笑えた記憶がない。
いつも、しかめっ面をしていただなんてことはないが、リラックスできる時間は少なくなったと思う。
「あ~、それはアンジェリカにもよく言われるかもですね~。アンジェリカの場合はのんびりしすぎだって批判的なんですけど」
ぽんとレイティアさんは手と手を合わせた。
「わたし、努力とかはしてませんよ。こういう性格なんです。間が抜けてるんです。だから褒められるようなところはないですよ~」
そんな、謙遜せずとも。
だんだんとレイティアさんと女神の区別が本格的につかなくなってきた。決して驕らない態度、これは賢者に通じるところがある。
レイティアさんと幸せな家庭を築いていこう。ここにはワシに足りなかったすべてがある……。
「ガルトーさん、料理のお味はどうですか~?」
しまった。おいしいと言う回数が少なくて不安にさせてしまったか? こういう時は多少具体的に褒めるべきなのだろうか?
「どれもこれも美味です。このスープも鶏肉のうまみがしっかり出てますし」
「でも、そんな高級な鶏でもなんでもないんですよ。ガルトーさんは宮廷料理みたいなのも食べているだろうから、お恥ずかしいんですけど」
これは何か誤解をされているかもしれない。
「まさか! そりゃ、ほかの幹部と会食をすることなどはありますが、そうでない時は庶民的な店で食べるか、もっと時間がなければ弁当を近くで買ってきて仕事場で食べています。実にあわただしいものですよ」
「そっか。お仕事、たくさんありますものね」
「それは事実ですね……。どうしても延期できない仕事も多いので。勇者との戦いはそのうちの一部でしかないです」
魔王というのは勇者と戦うことだけが仕事だと思ってる人間がたまにいるが、そんなわけはない。魔族の長として政治案件が山のようにあるのだ。
正直、期末とか忙しい時にかぎって攻めてきたりするので迷惑している。かといって休暇中に来られてもつらい。
実のところ、今回、女勇者が入ってこれたのも、城の門を守る番人が有休を消化してなかったので、少しは使うようにとまとめて休ませたためだ。
門は二箇所あるので、本来なら中ボス戦並みのが二度はあるはずだった。
番人は二人一組での仕事なのだが、片方だけ休んでいると、どうも見栄えが悪い。そこで門二箇所の合計四人を一斉に休ませてしまった。
「あらあら、ごめんなさいね。次からはアンジェリカにも連絡してから行くようにと伝えておかないと」
「あまりやりすぎると、王国と魔族の癒着だとか叩かれるので、そこまではできないんです」
一種の陰謀論なのだが、情報をすべてオープンにするわけにもいかないし難しいところだ。
本当は、勇者が攻めてきた時に魔王が長期休暇中でいないなんてことが起こらないように、確実に連絡はとれるようにしておくべきなのだがな……。
「ああ、でも、ガルトーさんはアンジェリカのパパになるんだから、そんな問題もないんでしたね」
にこにこ顔のレイティアさん。うん、そうなったらありがたいのだが――
「……そこは娘さんがどういう反応を示すかによりますね」
そうなんだよな……。まだ女勇者に経緯を説明するという、超ハードなミッションが残っているのだ……。
たとえば自分が女勇者で、気がついたらさっきまで戦っていた魔王が自分の義理の父親になっていたと想像してみよう。
奇妙な事態すぎてなかなか上手に想像することができない……。
冗談だと思うか?
母親が洗脳されていると思うか?
悪い夢だと思って、ほっぺたでもつねるか? つねってもらってもいいが、夢じゃないから覚めないんだよなあ……。
わからん。本当にどうなるかわからん……。
まあ、ここは安全のためにも、食事を終えたら、今日のところは一度魔王城に戻るか。
女勇者には後日、会いに行って説明をしよう。こちらにも心の準備をしておく時間がいる。
――と、その時。
ダイニングの奥の扉が開いた。
出てきたのは女勇者アンジェリカだった。
「ママ、私、ついに魔王までたどりついたよ! すぐ負けちゃったけどね……。次は上手くやるから!」
「あっ、アンジェリカ、夕飯できてるけど、すぐ食べる? あっためるけど」
「じゃあ、お願い。あと、何か飲み物――――あれ?」
アンジェリカの視線がこちらに来た。
目に光が宿ってない。笑みも消えている……。正直、視線が怖い。
「魔王がなんで家にいるの……? ごめん、率直に言って、まったく状況が飲み込めないんだけど……。私が意識を失ってる間に王国が攻め滅ぼされたとか、そういうこと……?」
「あ~、アンジェリカ、それはね~」
「いえ、ここはワシから話します」
逃げてはいけない。厄介事から逃げるような奴が自分の父親だとわかったら、余計に女勇者も嫌な気持ちになるし、幻滅するだろう。
「女勇者よ、いいや、アンジェリカよ、よく聞くのだ。これから話すことには一切の虚飾も偽りも謀りごともない。すべてが真実である」
スプーン持ったままだったことに気づいた。それと、椅子に座ったままだった。
ミスった。スプーンは置いて、それから立ち上がってから語りかけるべきだった……。
「わかったわ。言いなさいよ……。あいにく、私は起きたばかりで丸腰だし、いくらなんでも自宅に魔王がいるとまでは考えがおよばなかったわ。敵ながらあっぱれの奇襲ぶりよ……」
なるほど。常識的に考えればワシの策略と思うよな。謀りごとじゃないって言ったけど、それだけでは信じてもらえないか。
「アンジェリカよ、ワシは…………レイティアさんと結婚したのだ」
明日も複数話更新ができればと思っております!