39 魔王、妻の誕生日まで一週間と気づく
今回から新展開です! よろしくお願いいたします!
「う~ん。今日もいい天気ね~」
その日、レイティアさんは朝早くから起きて、てきぱきと外の掃除をしていた。
さらに朝食のおかずもいつもより二品も多かった。
「おお! レイティアさん、実においしそうなパプリカの肉詰めです!」
「これも、おいしい食材をガルトーさんが持ってきてくれたからですよ~」
パプリカは人間の土地には生えていない野菜だ。なんでも、トウガラシの仲間らしい。なお、トウガラシも人間の土地には生えてない。どうも、人間の土地はナス系の野菜がなかったようだ。
あるいは過去に紹介されたが、トウガラシは辛いものも多いので広まらなかったのだろうか。パプリカも色が派手で、食べ慣れてないと違和感があるかもしれん。
「しかし、今日のレイティアさんはとくに張り切っていますな」
「はい、この季節はわたし、好きなんです。ぽかぽか暖かくて、でも、暑すぎるっていうほどでもないし」
「そうですな。夏の手前という頃でしょうか。本当に過ごしやすいと思います」
魔族の土地は季節の変化が乏しいので、なかなか面白い。
「それに、わたしにとってもこの季節は節目ですしね~」
いつも以上に朗らかにレイティアさんは笑う。
「節目というと?」
「ほら、わたしって来週、誕生日ですから~。自分が生まれた日って、特別な気持ちになりますよね~」
ワシは真顔になった。
「そ、そうですな……。いやはや、ごもっともです……」
どうにか、取り繕う。それ以上、変な態度をとるわけにはいかん。
そのあと、レイティアさんがトイレに行ったタイミングで、ワシはアンジェリカに尋ねた。
「なあ、レイティアさんの誕生日って、正式にはいつだ?」
「ちょうど一週間後だけど」
「ワシとしたことが、こんな大切な日を失念していたとは……」
レイティアさんと再婚して最初の彼女の誕生日。
それを何も祝わずにスルーするとか、最悪も最悪だ。絶対にあってはならないことだ。
「ううむ、もう一週間しかない……。いや、マイナス思考になってはダメだ。まだ一週間も残っていると考えろ……」
ワシは必死に最善の策を検討する。
「プレゼントは何がいい? だいたい、レイティアさんが喜びそうなものってなんだ?」
「ぶっちゃけ、何をあげてもママなら『すごくうれしいわ~』とか言うわよ。バッグにしてもネックレスにしても、あげたあとで、そうっと店で値段を確認したりする女じゃないから安心しなさい」
「それはありがたいのだが、逆に何をあげたらいいか、難しいのだ。呪いの人形でも、レイティアさんなら喜びかねんだろう」
「呪いの人形は魔王もあげないでしょ。魔王、そういう一般常識はあるほうだし」
うん、いくらなんでもそんなものは贈らない。
「ううむ……。趣味とか細かく知らんしな……。だが、今からどんなネックレスが好きですかとか聞いたらモロバレだ。ならば、食事に誘うとかのほうがいいか? でも、やはり一回目の誕生日だからこそ形に残るもののほうが……」
「魔王、なんでそんな小市民ぽさがにじみ出るの……?」
アンジェリカにあきれられていた。
あほか。恋愛に魔王も雑魚モンスターも小市民もない。
「アンジェリカ、レイティアさんの趣味を詳しく教えてくれ」
「ママの趣味ってわたしも謎なのよね……。ほんとに些細なことにでも幸せを見出しちゃうタイプで、とくに集めてるものもはまってるものもないし……」
なるほど、女手一つで勇者を育てたのだ。
生活も贅沢とは無縁なつつましやかなものだったかもしれんし、時間をたくさん使うことにも挑戦しづらかっただろう。
でも、だったら、いよいよどうやって誕生日を祝えばいいのかわからんぞ。
「あのさ、多分だけど、こういうのって男が一人で悩んでも名案って思いつかない気がするの。まして、魔王って、女子にプレゼントしたこととか、ほぼないでしょ」
「そんなこともないぞ。ササヤ――前の妻には翡翠ばかり毎年、贈っていた」
「なんで?」
「最初にプレゼントした時にうれしいって言ってくれたからだ……」
「だからって翡翠ばかり毎年贈ったら、もういらないって思われてたかもしれないわよ……。だって、逆の立場になっても同じ系統の宝石が増えても微妙な気分でしょ」
本当だ。
もはや、取り返しもつかないのだが、バカの一つ覚えみたいにずっと翡翠を贈っていた。ああ、バリエーションを増やしたほうがよかったかな……。たまに、瑪瑙にするとか……。
ササヤ、もし問題があったら、遠慮せずに化けて出てきて文句を言ってくれ!
墓に好きなものを供えるから!
でも、文句とか言わないんだよな……。「あなたのくれるものなら何でも好きよ」とか言うタイプだったんだよな……。
「ねえ、魔王の秘書ってあのメガネの女性よね」
「ああ、トルアリーナか。そうだが」
別に不倫とかしてないからな。
「秘書さんに聞いたほうがいいんじゃない? 魔王一人で悩むより、よっぽど安全で確実だと思う」
「それは一理ある」
トルアリーナも女子だ。女子の好きなものは把握しているはずである。
「わかった。トルアリーナにうかがってみよう。アンジェリカ、お前も何か情報があれば包み隠さず教えてくれ」
「魔王がこんなに本気なの、初めて見たかも……。私たちと戦った時より絶対に気合い入ってるよね……」
だって、お前たち、そこまで強くなかったからな。わざわざ言うと、ヘソ曲げられそうだから言わないけど。
そこにトイレからレイティアさんが戻ってきた。
「あらあら、何の話? わたしも混ぜて~」
「いえ、それは無理です。混ぜるな危険な話なんです。その……戦闘に関する血なまぐさい話なんで……」
「うん。魔王らしい本気を私も感じてたわ」
アンジェリカもワシには協力してくれるらしい。その心意気、やはりお前も勇者だな。
「そうなのね。二人が仲良くなってくれるとわたしもうれしいわ~」
レイティアさんはぱんと顔の前でにこやかに手を合わせた。
「だって、わたしはアンジェリカともガルトーさんとも仲がいいから~。もしかしたら、二人も仲良くなるのが、わたしにとって一番のプレゼントかも~」
確実にワシもアンジェリカも困った顔をしていた。
そんなこと言われても、そういう形のないものはプレゼントしづらい!




