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38 魔王と女勇者の家、観光名所になる

 家の庭に「束縛の樹」とおぼしき若葉が出ていた。

 なぜ、こんなところに……?


 魔族の世界に生えている植物は成長も速い。

 弱肉強食の度合いが強かったので、どんどん成長する植物以外は滅んでしまったという。

 なので、この「束縛の樹」らしき若葉はアンジェリカが城の庭に入った時にとってきた種、あるいは服の間にでもはさまっていた種から発芽したものだろう。


 で、若葉が一つぐらいなら、そんな偶然もあるのかですむのだが――

 家を覆うように何箇所も若葉が出ている。


「これ、人為的に誰かが植えたとしか考えられんな……」



 ワシは翌日の朝、アンジェリカを庭に連れ出した。

「なあ、アンジェリカ、この若葉に何か見覚えとかないか?」


 かなり高い確率でアンジェリカがやったのだろう。

 でも、レイティアさんもこちらの考えもしないことを実行することがあるので、現時点でアンジェリカと断定することはできん。あまり、娘をすぐに疑うのはよいことじゃない。

 どのみち、二人のうち、どっちかがやったのは間違いないんだがな……。


「ああ、もう生えてきたんだ。やっぱり、魔族の土地の植物って生命力もすごいわね」

 悪びれもせずに、素直に認めたっ!

 これはこれで想定外だぞっ!


「『束縛の樹』に縛られてた時に、近くに果実みたいなのができててね、それをとってきたの。その中に種がたくさん入ってたから、撒いてみた」


 そんなことして「束縛の樹」が人間の土地に広まったら外来植物問題が引き起こされるぞ。

 それで人間の土地に生えている植物が絶滅するかもしれんのだぞ。

 すると、その植物の蜜を吸っていた昆虫や鳥も滅ぶかもしれんのだぞ。

 繁殖力の強い植物を気軽に持ってくると、環境問題になる危険をはらんでいる。そのあたりのことを、こいつはまったく理解していない……。

 だいたい、勇者を自認する人間が魔族の土地に生えてる植物の種を敷地内に植えるの?


 何してるんだよと言いたいところだが、頭ごなしに怒ってはいけない。アンジェリカは部下ではなく娘なのだ。


 こうしたのも何か意図があるのだろう。まずは意図を聞かないと。


「アンジェリカ、どうしてまたこの種を植えようと思った?」

「決まってるでしょ。守りを固めるためよ!」

 当然のようにアンジェリカは言った。むしろ、ドヤ顔していた。


「ほら、私って勇者でしょ。しかも、あなたは魔王じゃない」

「ああ、そうだな。そこは何一つ間違っていない」

「つまりね、この家が狙われる危険っておおいにあるわけよ。魔王を攻撃しようとする人間も来るかもしれない。私のことを魔王と手を組んだ奴だと言って、攻撃してくる過激派もいるかもしれない。もっと防衛に意識を向けるべきだわ」


 思ったよりも筋が通っていた。

「言われてみれば……。この村がのどかだから、甘く見ていたかもしれぬな……」

 国と国との間に約束事が交わされたからといって、それですべての国民が認めたということにはならない。

 魔族との妥協など論外だと言う人間が出てきてもおかしくない。


 とはいえ、この案をすぐに採用することはできない。

「アンジェリカ、お前の考えはわかった。だがな、こうやって魔族の土地でしか生えてない植物を持ってくると、自然環境が大きく変わるリスクがある。家を守るには別の手段を考えるべきではないか」


 ワシは娘に教え諭すように言った。

「それにワシもお前も強い。そう簡単に敵に後れをとることなどな――」


「ママが一人の時に身を守る手段があったほうがいいでしょ」

「採用する」


 やっぱり、今時、自分の家の防犯体制も整えないとダメだよな。


「もっと、本格的に『束縛の樹』を植えよう。あと、『監視の眼球』というアーティファクトも木につけておこう。これは眼球の視界に入った映像を室内のアーティファクトに映すものだ」

「不審者が来たら、事前にわかるということね」

「そうだ。一週間分は映像を記録しておくこともできるので、侵入者が逃げても犯人を割り出したりできるぞ」


 ――一か月後。

 家の周囲は「束縛の樹」で覆われていた。

「うむ、ちょっとした砦ぐらいの防御力は備わっているな」

「そうね。ちょっと日当たりが悪くなったけど、一切光が入らないわけでもないし、どうにでもなるでしょ」

 なぜか、ワシとアンジェリカはやけに意気投合していた。


「ずいぶん、イメージチェンジしたわねえ。でも、わたしもガーデニングをやってみたかったし、ちょうどいいかしら~」

 レイティアさんも納得してくれているし、何も問題はない。


 ――ただ、それから、しばらく問題が起こった。

「おお! 本当に捕まってるぞ!」「さすが、魔族の土地の植物だな!」「こんな経験したことない」「はあはあ……これ、けっこう癖になるかも……」


「束縛の樹」に縛られみようという人間が大挙してやってきて、一種の観光名所になってしまったのだ……。

 そして、そんな観光客にレイティアさんがお茶を出しておもてなしをしたため、住人公認ということになって、ますます人気が出てしまった。


 休日とか朝から見学者が来てうるさいことがあったので、ワシはこんな看板を設置した。


===

見学時間は、朝九時~夕方四時まででお願いします。あまりうるさいようだと、樹木を撤去しなければなりません。ご理解のほどよろしくお願いします。

===


「うむ、これでよし。ちょっとはマシになるだろう」

「防衛用の樹木なのに撤去するのって本末転倒じゃない……?」

 看板設置に手伝ってくれたアンジェリカにツッコミを入れられた。


「それはそうなのだが……かなりうるさいのも事実だからな……。落としどころは必要だ」


 そこにレイティアさんがやってきた。

 そして、何か看板の空きスペースに文字を書いた。


===

お茶がほしい人はドアをノックしてください。

===


「うん、これで大丈夫ね~」


 ワシとアンジェリカはレイティアさんが去っていったあと、ぼうっと「束縛の樹」を眺めながら話した。

「ドアをノックしたら、ママが出てくるんだったら防御もセキュリティーもないわね……」

「しょうがない……。魔王のワシすら受け入れてくれたレイティアさんが客だという人間を無視するわけがないのだ……」


 そのあと、ワシはレイティアさんに防御用の魔法をかけることにして、対応することにした。

 幸い、トラブルは起きてないので、今後も大丈夫だろう。



魔王城社会見学編はこれにておしまいです。次回から新展開です!

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