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37 魔王、妻と子が戻ってこないので焦る

 二人が戻ってこない間にワシは粛々と仕事をしていた。


 ちょっとした時間でも仕事を行うことによって、結果的に余裕のあるスケジュールが実現できるのだ。これぐらいなら後でやればいいかっていうことを残していると、いつのまにかたまりまくって悲惨なことになったり、休日が消滅したりする。


 それはトルアリーナも理解している。秘書の仕事を次々にこなしていた。

 なんだかんだでワシとトルアリーナの息も合っている。信頼関係は築けている。もっとも、言語化するとキモがられるけど。お互いに悪く言いながら、いざという時に協力する正義の味方とかっているけど、ああいうのに近い。


「おっ、今日は終わらないと思っていた課題が一個終わった。よしっ!」

 イメージとしては頭の上に載ってる石が一個のいてくれたような感覚だ。


 しかし、ワシの作業速度が突然、倍になったとかではないので、その分、時間は経過していた。

 レイティアさんとアンジェリカが二人で見学に出てから、一時間半ほどになる。


「なあ、トルアリーナよ、二人が戻ってくるの、少し遅くないか?」

「この城の面積をご存じですか。魔族の城一個分ですよ」

「当たり前だ。ここが魔族の城なんだから……」

 トルアリーナにしては珍しいギャグだ。つまらんけど。


「つまり……ほかに比するものがないほど、広いということです」

「そりゃ、この城より広い砦がいくつもあったら威信にかかわるからな」

「あれ……よもや……」

 トルアリーナは口のあたりに左手の人差し指を置いた。なにやら考えているしぐさだ。


「お二人は庭に出たりしていませんよね?」

 ワシは蒼褪めていたと思う。

「今すぐ、庭を見てくる!」


 ワシはあわてて庭のほうに向かった。

 城で働く職員たちは人間と平和に付き合っていくと決まったことも知っているし、今日、ワシの妻と子が来ることも伝えている。にこやかに、穏やかに対応してくれるだろう。


 だが――庭は違う。

 魔族の世界に生えている植物は時として人を襲うことがある。しかも、このあたりは土壌も豊かで、かなり元気のよい仕様になっている!


 ワシが庭の奥深くへ向かっていくと――

 こんな声が聞こえてきた。


「もう! 放しなさいよ! 燃やすわよ! ていうか、燃えなさいよ! 植物なんだから炎の魔法で燃えてって!」

「あらら~。いい眺めね~」

「ママ、そんなこと言ってる場合じゃないわよ!」


 確実に二人がいる……。

 どうやら無事ではいるらしいが、レイティアさんは常にのんびりしているので、本当に余裕がある状態なのかわからないのが怖い。


 駆けつけてみると、レイティアさんとアンジェリカが蔓状に枝を伸ばす植物モンスターにがんじがらめにされていた。

 ちなみに、相当、高いところまで引っ張りあげられている。城の最上階より高いぐらいではないだろうか。


「ああ、よかった、よかった。二人とも大丈夫なようだな。いやあ、心配した」

「全然、大丈夫じゃないわよ! かれこれ十分ぐらい、こうされてるのよ!」


「だって、その植物は『束縛の』と言って、敵を拘束して動けなくする習性があるからな」

「そんな危ないもの、植えるな!」

 せっかく助けに来たのにずいぶん娘に罵られている……。

「いや、それはそうやって侵入者を捕獲してくれる防衛上、便利な植物なのだ。おかげで警備兵の人数を五人も減らすことができる。大幅な人件費削減に寄与している」


「でも、侵入者じゃないわたしたちまで捕まっちゃってるわね~」

 レイティアさんがのほほんと核心をついてきた。

「そうなんですよ。植物なので敵か味方かの区別がつかなくて、近づいたものを片っ端から捕まえてしまうんです」


「じゃあ、欠陥植物じゃない……」

「だから、外敵だけを捕まえるように庭園でも外側だけに植えている。アンジェリカ、お前、なんでこんな庭の奥まで来ている……」

 そう、ワシも広い庭の果てまで二人が来ているとは考えていなかった。


「城の内部だけでもまだ見学してなかった部署とか、いくらでもあっただろうに。庭とか、ラストにちょっと見て終わりにするところだろ……」

 すると、なぜかアンジェリカが顔を赤くした。

 ワシは魔王なので、目もよいから高いところの二人の表情もはっきりとわかる。


「アンジェリカね、仕事の説明はつまらないって言って、庭に出てきちゃったのよ。それで、冒険者の血がうずくとか言って、先へ先へと進んでいったの」

 社会見学で飽きる子供か!


「仕方ないわよ……。税金がどうのとか、道路の補修がどうとか、医療制度がどうとか、全部勇者には関係ないことなんだから!」

 アンジェリカは一言で言うと、開き直った。


「お前な、そういう縁の下の力持ちみたいな者たちがいて、社会は成り立っているんだぞ……。社会というのは、いいもんの勇者とわるもんの魔王しかいないみたいな単純なものではないのだ」

 勇者ってやはり脳筋体質なのだろうか。でも、子供の頃から剣の練習とかしてなきゃ、若くして女勇者になどなれないか。

「勉強もできたほうがいいぞ。つぶしがきくぞ。パーティーの魔法使いのセレネあたりにバカにされたりしてないか?」


「こんな状態で説教しないで! まずは降ろしてよ! 脚がすうすうして気持ち悪いの!」

 そういえば、ここで見上げると、レイティアさんのスカートをのぞけるのでは……。


 いやいや、そういう幻滅されるようなことをしてはいけない。

 まして娘の前で男が軽蔑されるようなことをするのはダメだ……。


 ワシは地面を見ながら、くるっと背を向けた。

「今、救援の連中を呼んでくるから、待っていてくれ」



 そのあと、二人はちゃんと救出されて、魔王の部屋に戻ってきた。


「ふふふ。とってもいい景色だったわ。あと、植物って癒し効果のあるガスでも発生させるのかしら。ほっとするのよね~」

 レイティアさん、あの状況を楽しんでしまうとはさすがです。


「ママは呑気すぎるの……。本当にひどい目に遭ったわ……」

 アンジェリカのほうは、むっとしている。というより、つまらなそうにしている。


「魔王の城っていうから、もっと恐ろしいところだと思ったのに、堅実すぎるのよ。どの部署でも睡眠魔法をかけられてるみたいだったわ」

 つまり、どの部署の説明も眠かったということか。こいつ、勉強は全分野苦手なのか。その点も今後、親としてどうにかしていったほうがいいな……。


「でも、それはそれとして――」

 アンジェリカはぷいっとワシから顔をそらしてから、

「――魔王がまともに働いてることはよくわかったかな……。勇者の父親としては正しい姿なんじゃない? 魔王っぽくはないけど」


 ああ、父親の威厳を示すことには成功したようだ。

 これからも、この威厳が落ちないように維持しなければ。



 数日後。

 家の庭に「束縛の樹」とおぼしき若葉が出ていた。

 なぜ、こんなところに……?


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