32 魔王、勇者に応援される
白いシーツの異形の者たちの動きはだんだんと激しくなってくる。
流れている笛の音に合わせて動くのだが、その音楽も早くなっていくのだ。
すると、こけたり、つまづいたりする者も増える。混乱が増幅する。
「あいた!」「また、こけた……」「ああ、ごめん、ぶつかった!」
そんな声がいたるところで聞こえてくる。
そして、観客席のほうからは、笑い声が響く。
ワシは耳がいいから、そんな中でも特定の声を聞き取ることができる。
「ガルトーさん、頑張って~!」
レイティアさんの声だ。間違いようもなくレイティアさんの声だ。
ほかにも勇者パーティーのメンバーの声も聞こえる。
「魔王さん、どこですか~」
「ボクが思うに、あの、ぶつかった相手をやたらと吹き飛ばしてる人じゃないかな」
「魔王にぶつかって、平気でいられる者などいない」
あっ、そういえば……ワシはまだ全然倒れたりとかしてないが、一方的に相手を倒していたのか……。そりゃ、魔王だものな……。普通の人間にぶつかったところでバランスすら揺るがないわな……。
「やっぱり魔王はやべえわ。あんなの勝てねえわ。ところで魔王って金持ちなのかな」
「ジャウニス、いくら盗賊だからといって、魔王から盗みを働いたら、アンジェリカの家から盗んだのと同じことになりますわよ。それをやったら、永久追放ですからね」
なんか、うろんな話も聞こえてくるが、祭りなのだから無礼講だろう。
「あれが魔王だな!」「当たっても、びくともしてねえ!」「魔王、もっとやれ!」「さすが魔王!」「魔王、頑張れっ!」
やはり、ワシは白いシーツをかぶっていても目立つらしい。ある種、それこそ個性なのかもな。
ワシはそれからも視界が閉ざされたまま動き回った。
魔王という声援は思いのほか、多い。
見物人からすれば、魔王が踊りに加わっているというのは面白いのだろう。
ワシもそれなりに面白いぞ。満足している。
そういえば、魔族の中で魔王をやっていると、どうしても身を律することが求められた。行事が多い日など分刻みのスケジュールみたいなこともあった。
それはいわばよそ行きの姿だ。自然な姿ではない。
こうやって前も後ろも見えないままに徘徊するぐらいのほうが、より生き物らしいのではないか。
ワシは時間になるまで、ずっと踊りまくった。
大半の男衆が途中で疲れて抜けている中で、ワシが一番最後まで白いシーツで動き続けていたらしい。
●
祭りの後というのは、どうしても物悲しいものだ。
この祭りは夜になる前に終わるので、日暮れからワシらは出店の撤収作業などを行っていた。
ワシはごく普通に働くだけで、一般人の五倍ぐらい働いてるようで、やたらと感謝された。
「魔王殿のおかげで、例年以上に盛り上がった祭りになりました。村長として、本当に感謝いたします」
村長がやってきて、直々に礼を言った。
「いえいえ。村の住人が祭りに参加した、それだけのことです。また、来年以降もこちらからもよろしくお願いいたします」
「いやあ、魔王殿、本当に腰が低いですなあ。やはり、とてつもなく偉い人は変に偉ぶったりはしないのですな。そういう者は小物ということですかな」
たんに、住んでる村の中で威張っても痛々しいだけなので、こういうニュートラルな態度にしているのだが、たしかに小物ほど偉そうにしたがるというのはあるかもしれん。偉い状態に慣れてないから、自分の中でもそれを誇張してしまう奴はいる。
出店用の機材を担いでいると、倉庫のあたりに見慣れた姿があった。
「おお、アンジェリカよ。お前も撤収は手伝っているんだな」
アンジェリカが冷めた顔でこちらを向いた。
「まあね。パーティーのみんなも帰って、暇だったから」
「ほどほどでいいぞ。片付ける当番も決まっているからな。ちゃんと何も残さずに終わるようにできている」
「勇者として、少しは人のためになることをやるわ。魔王を倒す仕事もなくなったしね」
アンジェリカは淡々としているが、ワシのほうはとある事情でなかなかうれしい。
「踊っている時の声援、ありがとうな」
「えっ……? 何のこと……? おっとっとっと……」
荷物を持っているアンジェリカは体勢を崩した。とことん、こいつ、わかりやすいな。
「ワシは魔王だぞ。耳もいいんだ。お前の声援もちゃんと識別できる。『魔王、頑張れっ!』と言ってくれていただろ」
魔王を呼ぶ声が乱れ飛ぶ中、間違いなくアンジェリカの声があった。シンプルだけどもワシを応援するものだった。
「あれは……パーティーのみんなもいたから……応援しないのがかえって変だったから言っただけ……」
アンジェリカは荷物を運ぶ足を速めた。
「それでも、うれしくはある」
ワシはもともと大股だから、それに十分ついていける。
「あんまり、理解力のある父親とか目指さないでいいわよ。極端になりすぎるとかえってキモいし。普通にしてればいいの」
「あ? お前、勘違いしてないか? これがワシの普通だぞ」
少なくとも、努力をしなければ達成できないような内容のことはない。
アンジェリカはちらっとワシの顔を見て、それからため息をついた。
「ある意味、ママには魔王がお似合いだわ」
「うむ、仲良くやっている。ちなみにお前のほうから何か要望とかはあるか?」
歩きながらだと、いつもより言葉が出てきやすい。
「そうね……。家でももっと魔王らしさがあってもいいんじゃないかしら。あなたの魔王らしいところ、全然家だと見てないし。魔族の城でなら、魔王らしくしてるんだろうけど、そっちを知らないから余計に変な感じっていうのはあるかも」
「城での態度か。うむ、考えておく――――あっ!」
その時、重大なことを失念していることに気づいた。
「いったい、何?」
「鶏串の出店をやっていたのに、自分で食べるのを忘れていた……!」
せっかくだから、何本か味見ぐらいしておくべきだった。売るのに夢中でまったく手をつけてなかった……。
片手を空けると、アンジェリカはくすくす笑いながらワシの背中を叩いた。
「また来年もあるわよ、魔王」
「一年も待たせるのか!」
祭りの後片付けもそれなりに面白いものだと思った。
魔王、地元の祭りに参加する編はこれでおしまいです。次回から新展開です!




