31 勇者、休日の親を見られて恥ずかしがる
「アンジェリカ、あなた、おうちでも、『魔王、今日こそ倒す!』みたいなノリで生きてますの?」
魔法使いのセレネが尋ねた。
途端にアンジェリカの目が泳ぐ。
「えっ……。いや、それは、ええと、時と場合によって――」
「ごく普通だ。親しすぎず、親しくなさすぎず。とりあえず、服は一緒に洗うなと言われているし、風呂に先に入ると怒られる」
「あなたが聞かれてるわけじゃないから答えなくていいの!」
セレネやジャウニス、武道家のゼンケイが笑っていた。パーティーのほうが順応性は高い気がする。
「ほら、そんな必要以上につっぱっても何も得るものもありませんわよ。悪いことをしてるわけじゃないんだし、怒るのもおかしいでしょう」
セレネはやはり大人だ。今後とも娘を支えていってほしい。
「神官の立場として言わせてもらうと、改心したものは許さねばならない」
神官ナハリンは表情の変化に乏しいが、こちらも認めてくれているらしい。
「いや……みんなの言いたいことはわかるんだけど、魔王なんだよ? そんじょそこらのザコ魔族とは違うんだよ? そんな魔王が地元の祭りで出店やってるって、いくらなんでも極端すぎるんじゃないかなって……」
ナハリンがアンジェリカの前に立って、その手を握った。
「受け入れよ。人は変わる。魔王が天使になることだってある」
「魔王が天使になるのはキモいからさすがに無理」
まあ、ワシもそれは想像ができん。
「はぁ……この中だと私のほうが異常なのね……。もう、魔王討伐のスローガンもギャグみたいに聞こえてくるわ……」
「心配せんでも討伐できておらんぞ」
「うっさい! 黙れ!」
痛いところを突かれたのか、アンジェリカが顔を赤くした。
「それに、若い頃は好きなことや趣味がころころ変わるものだ。友人やあこがれてる人の影響で何かにハマることも珍しくない。冒険者という仕事だって、お前に一番向いてるかはわからん。実はほかに天職があるかもしれん。いろいろやればよかろう」
「うわああああああ! もう、やめて! かなり精神的にダメージが来てるからやめて! どんどん勇者って立場がショボくなっていくからやめて!」
そうか、アンジェリカのやつ、ワシに威厳がないと勇者である自分の価値も下がると思っているのだな。
たしかに魔王が凶悪で恐ろしい存在だから、それに立ち向かう勇者にもハクがつくところはある。なのに、ワシが出店をやってるから気にいらんのだろう。
もっとも理由がわかっても、ワシは出店を続けるぞ。誰からも愛される魔王になるのだ。それがレイティアさんのためにもなる。ワシが凶悪なままだったら、レイティアさんにも迷惑がかかる。
惚れた女性の迷惑になることを平気でやるような男にはなれん!
しかし、女魔法使いセレネは、もっと鋭い考察をしていた。
「ははあ、わかりましたわよ」
にたりとセレネは笑っている。
「アンジェリカ、あなた、知り合いとかに休日の親を見られたくないんですわね。これぞ、年頃の乙女の思考あるあるですわ!」
「なるほどっ!」
ワシは思わず左の手のひらを右手でぽんと打った。
「それは理にかなっている。父親と一緒のところを友達に見られたりしたら、なんか恥ずかしいというのはわかる! しかも、その父親が普段着でくつろぎモードだったら、なおさらきつい! せめて働いてる時みたいな威厳のある空気でいてくれと願う!」
そして、アンジェリカがワシに求める威厳のある姿は魔王のそれなのだ。
「こ、事細かに口で説明しないでっ! この魔王がやけに順応性ありすぎるせいで、かえって私がやりづらいのよ……。もう、一人で回ってくる!」
肩をいからせてアンジェリカは脱出していってしまった。ダンジョンの中では絶対に許されん行為だが、祭りの中だからよいだろう。どうせ、狭い祭りの会場だから、すぐに落ち合うだろうし。
「あらら……ほんとに複雑な年頃ですわね」
セレネはそういう父親との微妙な距離感の時期を抜けた女性という、落ち着いた態度である。
「魔王さん、今のアンジェリカはおそらく何をされても文句を言ってきたり、つっかかってきたりすると思いますわ。でも、本気であなたを憎んでるわけではないから、そこはご安心ください」
「ああ、わかっておるよ。思春期というやつだな」
一緒に住んでいるのだから、あいつがこっちを本気で攻撃しようとしてるわけでも何でもないことは知っている。
ワシはこの変な距離感を今後とも続けていくしかないのだ。
「いずれ、娘も父親の深い愛情に気づくもの。いつか、家出娘も放蕩息子も帰ってくる」
「ナハリンも、神官としてもワシを認めてくれるのだな。それはありがたい」
「和平の締結はたしかに実行された。それに棹差すようなことは正しきことではない」
少なくとも勇者のパーティーにはワシは理解を得たようだ。
ジャウニスが「大将、串さらに二本」と言った。
ついに冒険者からも魔王から大将扱いになった。
そこに村長と出店の交代要員の人がやってきた。
「魔王殿、そろそろ踊りの時間じゃから交代ですな」
「はい、わかりました! 今、行きます!」
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さて、今回の祭りのクライマックスの時間だ。
といっても、そんな劇的なものでもない。
ワシは白いシーツを頭からかぶっている。おかげで視界が閉ざされてよくわからん。
ほかの男衆も同じような格好をしている――はずだ。
この真っ白いお化けみたいな姿で、わちゃわちゃと踊るのだ。
言い伝えによると、これは神様を楽しませるためのものだという。ほかの説では、こうやって踊っていると、本物の神様がやってきてくれるともいう。とにかく、神様のための踊りなのだ。
白いシーツをかぶった男たちがあっちへこっちへ動く。
前が見えないので、時には男同士がぶつかって倒れたりもする。
そういうところも含めて観客は面白がっている。
祭りとは常識を破壊して、混沌の状態を擬似的に作り出す儀式なのだ。
混沌の状態を作る――これぞ、魔王にふさわしいものではないだろうか?
新しい時代の魔王は、地元の祭りに参加することで世界の秩序を乱すのだ!




