26 魔王、娘を見直す
しかし、そんな時、あの盗賊ジャウニスが飛び出してきた。
「女子は体を大事にしなきゃね!」
ジャウニスは素早く、リザードの首筋にナイフを突き刺す。かなりのダメージになったとは思う。リザードが悲鳴をあげたことからもそれはわかる。
だが、それは同時にジャウニス個人にもリスクをもたらす。
リザードが容赦なく口から炎を吐いて、至近距離のジャウニスにぶつけた。
「くぅぅぅっ! 熱いじゃんかよっ!」
盗賊の得意な戦法は敵からの致命的なダメージを避けつつ、少しずつ相手を攻撃する手だ。正面に出て、攻撃すれば回避のチャンスもなく、やり返される。
「ジャウニス、大丈夫!?」
アンジェリカだけじゃない。ほかのパーティーも彼の名前を呼んだ。
ジャウニスの活躍により、リザードのほうはセレネがつららを降らせる魔法で息の根を止めた。
しかし、ジャウニスのほうは、かなりの傷を負ったようだ。神官ナハリンが回復魔法を使用したので、命に別状はないが、そのせいでナハリンの魔力もずいぶんと消費してしまった。
「ジャウニス、あなた、なんであんなことしたのよ。下手をすると即死するところだったわよ」
「女子の前では……カッコつけるのが男ってもんでしょ……」
まだ血の気が戻りきってない顔でジャウニスはにやっと笑った。どうにか笑みを作ったという感じではあった。
この男、なかなか骨があるではないか。これなら、アンジェリカをやってもいい――ということにまではならんが、第一印象よりはかなり好感度が上がった。
おちゃらけているようで、やる時はやる男のようだ。
でも、待てよ……。これが普段はチャラくない奴が同じ行動をとったら、これだけ好感度が上がっただろうか? ワシも素行が悪い奴がいいことをすると、その分よく見えるトリックにかかっているのではないか?
あと、そもそも論だが、この様子だと別にアンジェリカがジャウニスと付き合っているというような感じではないな。だったら、もっと取り乱すはずだ。
だとしたら、ひとまずの目的は達したと言っていいのではないか。
アンジェリカには現在、付き合ってる冒険者もおらず、パーティー内の奴もそんなクズみたいな奴ではない。すぐにアンジェリカが悪い男に騙されることもなさそうだ。
レイティアさん、あなたの娘は立派にやってますよ。安心してください。
「洞窟の外まで出て野営しましょうか。外ならモンスターの強さも洞窟内よりかなりしょぼいし」
「そうですわね。近くの村まで行っても遠すぎますしね」
パーティーは洞窟を脱出したところで、野営することになったらしい。
どうでもいいが、パンを買い込んでいてよかった。これがなかったら、腹が減ってたまらんところだった。
「あのさ、盗賊じゃなくてもわかるレベルだと思うんだけど、パンの匂いがするね。誰か食べてる……?」
「食べないわよ。そんな匂いをまき散らして食べたら、モンスターがどんどん出てくるでしょ」
あっ……。
もしや、ワシのパンがモンスターを呼んでしまっていたか……?
まあ、いいや。黙っていればわからんし、このままでいこう。
●
洞窟の外に出ると、もう外は夜だった。
夜は野生モンスターの動きも活発化する。パーティー一行は二人ごとに起きて見張りをして、残りのメンバーで仮眠ということになった。
ワシも眠いのだが、監視を続けざるをえない。
とくにアンジェリカが寝ている間にジャウニスが手を出さんとも限らんからな……。石橋は叩いて渡るぞ。
――もっとも、ジャウニスは一番疲労が高いということで、見張り自体をパスされて、簡易テントですぐに熟睡してしまった。
これは朝まで目覚めんやつだな。じゃあ、とくにリスクもなくなったか。ワシも家に戻って眠るかな……。いや、もう少しだけ起きていよう。
最初の見張りはアンジェリカとボクっ子武道家のゼンケイだ。
魔法を使う魔法使いと神官も疲労がたまっていたようだし、まずその二人を寝かせるというのは正しい判断だろう。魔力が低下したままだと戦力としても大幅に見劣りしてしまうしな。
「ボク、ジャウニスがあんなに体を張るところ、初めて見たよ」
火を焚いての見張り中、ゼンケイが口を開いた。
「ゼンケイは知らないと思うけど、ジャウニスは見た目はチャラいけど、中身は腐ってないから心配するなって、あの堅物のナハリンが私たちに推薦したの。だから、私もセレネも受け入れたってわけ」
アンジェリカも洞窟の中より表情が柔らかい。
ああ、そんな顔もできるのだな。できれば、ワシの前でももう少し、そういう顔を見せてほしい。そういうやつ、もっとちょうだい。
「あのナハリンが!? へえ……、ナハリンとジャウニスって、勇者と魔王ぐらい対立しそうな関係だと思ってたのに」
「そのたとえはわかるけど、ちょっと複雑ね……」
ワシも複雑だった。盗み聞きしてるから自業自得なところもあるけど。
「まっ、口ではいろいろ言ってるけど、信頼しあってると思うわ。そうでなきゃ、今の実力で魔王のところにまでたどりつけないから。私たちは立派なパーティーよ」
アンジェリカの表情が大人びて見えた。
まだ若くても勇者なのだ。人を率いていかないといけないのだ。そこに偽りはない。
ワシはアンジェリカを子供扱いしすぎていたかもな。
十五歳だからといって、勇者なのだから、もっと大人として遇するべきだっただろうか。それこそ、色恋のことぐらいアンジェリカに任せてもよかったのではないか。
「だよね……。ボクら、いいパーティーだよね……。胸を張っていいよね……」
アンジェリカの横にいたボクっ子武道家ゼンケイが目に涙を溜めていた。
「ボクも地元では背が低くてガキだガキだって言われて、自分を変えたくて町に出て武道家になって……それでも最初のうちはしょっちゅうこれでいいのかなって怖くなる時があって……」
「そうよね。何者にもなれないんじゃないかって不安になるわよね」
アンジェリカはゼンケイの背中を抱いて、ぽんぽんと頭を撫でるように叩いた。
うん、アンジェリカはどこに出しても恥ずかしくない勇者、どこに出しても恥ずかしくないリーダーだ。
具体的には話せないけど、レイティアさんにもアンジェリカは素晴らしい勇者ですと伝えよう。勇者としてのアンジェリカはワシのほうがよく知っているに違いないから。




