24 魔王の親心的尾行
ワシの体からは怒りの炎が立ち上っていたかもしれん。
それぐらい、このジャウニスという男は信用がおけん。いかにも遊び人崩れという感じの男だ。おおかた、どこかの盗賊団にでも所属していて、そこが壊滅したあとに逃げ延びて、素性を隠してギルドに冒険者として登録しなおしたとか、そんなところだろう。
いや、お前の過去はどうでもいい。問題は今だ。
こんな奴に娘はやれん。そんなことになれば、レイティアさんが悲しむことになる。レイティアさんを悲しませるということは魔王であるワシの逆鱗に触れたも同じこと!
もしも、アンジェリカを傷物にしてみろ。楽に死ねると思うなよ? 臓腑を抜き出して、順々に枝にくくりつけてやるわ!
なんか、ワシ、すごく久しぶりに魔王っぽいことを考えた気がする。
「あれ……。俺っち、やけに鳥肌が立ってるな……。なんで?」
しまった。感情が先走りすぎて、盗賊に気づかれそうになっている。
「ジャウニスのことだから、ほかの冒険者がムカつくようなことを素でやったんじゃないかな? ボクも一日に五回ぐらい殺したくなる時あるし」
武道家ゼンケイが笑いながら言った。こいつ、ボクっ子なんだな。いよいよ性別がわかりづらい。
「あの、一日五回の殺意ってまあまあ高頻度じゃない? それ、俺っちがピンチに陥る頻度よりずっと高くない?」
「わたくしは過去最高で一日九回のことがありましたわ」
「私も同じぐらいかしら」
「セレネちゃんも勇者ちゃんもひどくない? ていうか、俺っちだけ孤立してない? 窓際冒険者って感じなんだけど……」
このジャウニスという盗賊、すでにパーティーの中で孤立してるっぽいな……。むしろ、ワシが手をかけるまでもなく、パーティー内で始末されそうなのだが……。
いやいや、まだ油断は禁物だ。
それに普段は軽薄というキャラを見せているほうが、ふっと真面目になった時にすごくかっこよく認識されがちだ。
毎日のように暴虐の限りを尽くしている奴が、何の気なしに見せた善意で捨て犬を保護したりすると、すごくやさしい奴のように錯覚する。
こいつもそういうのを狙っている可能性もある。下半身で物事を考えるような男は、その点においてだけは異様に理性的に行動したりするからな。まだ安心はできん。
「じゃあ、洞窟に行くわよ。今回のところはあまり知られてないけど、難易度はなかなかのものよ。魔王と戦うことがなくなったとはいえ、私たちは勇者パーティーよ。腕がなまるようなことがあっちゃダメだわ」
「でも、それなりにモンスターも強い洞窟なのに、なんであまり有名じゃないんだろ? ボクも聞いたことがないところだよ」
「それは簡単なことですわ。お答えいたしましょう」
魔法使いセレネなにやら書物を出した。
「七百年前の記録ですが、魔族語で書かれた石碑が出てきましたの。そこに『この洞窟はモンスターは強いが、たいしたアイテムはない。行くだけ無駄』と書かれていましたのよ」
完全なハズレダンジョンか!
「え~、その時点で俺っち、萎え萎えなんだけど……。ちなみに何が萎えたかというと――」
「下劣なる者、それ以上言うと、死の呪いをかける」
神官ナハリンが牽制した。
でも、盗賊の言いたいこともわかる。まして、盗賊なんだから、お宝がないところには行きたくないだろう……。
「いいのよ。これは腕試しみたいなもの。勇者の名に恥じないよう、もっと切磋琢磨しなきゃならないの!」
おお、アンジェリカ、なかなかいいことを言うではないか。
ワシはぱちぱちと拍手を送った。
あっ! そんなことしたらバレる!
「あれ? 今、拍手したの誰?」
みんな顔を見合わせている。それはそうだろう。ワシなんだから。
「気味が悪いわね……。でも、しっかりと洞窟は攻略するわよ!」
●
アンジェリカ率いる勇者パーティーはあまり名前も知られてない洞窟に向けて移動した。
移動中の雑談も聞いていたが、男盗賊ジャウニスがしょうもないことを言って、それに誰かが苛烈なツッコミを返すというのがこのパーティーの基本的なノリのようだった。
「あのさ、吊り橋効果って言葉あるじゃん? だから、俺っち考えたんだけど、吊り橋だらけの山林エリアでレベル上げをしたら、そのうち、俺っちに恋する女子が出てくるんじゃ――」
「ジャウニス、やめたほうがいいわよ。そのうち、誰かが吊り橋からあなたを突き落とすから」
「それ、勇者の立場で言っていい発言じゃなくない……?」
終始、こんな感じだ。
ああ、これはガチで嫌われているのではなく、ジャウニスという男もあえてこういいじられキャラをやっているな。でないと、パーティーの空気がもっとぎすぎすしたものになる。
これがいじられる奴が望んでない状態であれば、イジメも同じなのだが、なかには意図的にその状態を自分から作る者もいる。ジャウニスはそういう男だ。
まあ、アンジェリカのパーティーがものすごく不信感で満ちていたりしたら、ワシも義理の父親としてショックだったので、そこは救いがあってよかった。
だが、ジャウニスに恋愛感情がないかどうかはまったく別だ。
女子比率のほうが高いパーティーだし、誰かを狙っているとしてもなんらおかしくない。むしろ、そのほうが自然ではなかろうか。
これはある生物学の本に書いてあったのだが、命懸けの極限状態になると人間は性欲が一時的に高くなるという。子孫を残そうという本能的な反応らしい。
たしかに冒険者の中には女好きが多いという話はよく聞くし、あながち与太話とも言えない。
無論、お互い、真剣な交際であれば機械的に反対するべきではないのかもしれん。恋愛によって人間もまた成長するのだ。自分以上に大切な他者というものを見つけてこそ、人間は社会的な存在になるとも言えよう。
けれども、高揚した肉欲の対象にアンジェリカがなったりすることは絶対に認めん。アンジェリカはまだ若いのだ。恋愛経験もほぼないだろうから、騙されるおそれも高い。
そこは親として、年長者として、適切なアドバイスをしていかねば。
そんなことを考えながら尾行していたら、一行は目的の洞窟に到着した。