20 勇者、魔王を助ける
「もう、やめときなよ、おじいちゃん」
アンジェリカが声を発した。
そして、勇者らしい見事な跳躍力でワシの前に着地すると――
バインディさんに「待った」をかけるように右手を突き出した。
「アンジェリカ、そこを、どいてくれんかのう……」
孫の行動にこの人も先ほどまでの勢いはない。どんな人間も孫には弱いのだ。
「おじいちゃん、血がうずくのはわかるけどさ、魔王も困ってるみたいだし、これぐらいにしとこうよ」
どうにも不穏な言葉が出てきた。
「血がうずくというのは、もはや戦わずにはいられないバーサーカーの一族だとか、血に飢えた呪いだとかそういうものか?」
勇者を輩出した家だ。何か特別なことの一つや二つ、あってもおかしくはない。
「ううん」
アンジェリカは首を横に振った。
「おじいちゃんね、昔、冒険者になりたかったの。それで今でも夢を諦めきれてなかったってわけ」
想像以上にしょうもなかった!
がくっとバインディさんは膝をついた。
「俺は冒険の旅に出たかった……。だが、かなわなかった……。それというのも……」
なんだ? 体でも悪くしたのか?
「親にやめときなさいと反対されたのじゃ!」
その程度で屈するなよ! そこは家を飛び出すぐらいの気概を示せよ!
そう口に出して言いたいが、曲がりなりにも義父なのでそういうわけにもいかない。
「魔王、まあ、こういうわけなの。面倒だと思っただろうけど、我慢して」
アンジェリカがワシのほうに顔を向けた。
その態度はちょっと親子っぽいと思った。
「ああ、助かった…………いや、面倒だなんてことはなかったな。いいレクリエーションになったかなってぐらいだから、たいして気にせんでいいぞ」
「そこは素直に面倒だったって言っていいんじゃない? あなた、魔王のくせにやたらと小さいことにこだわるよね」
あきれたような顔をされた。
魔王だから傍若無人だと考えてるとしたら、それは誤りだぞ。むしろ偉いからこそ、いろんなところに根回しをしたりだとか必要になってくるのだ。
「おじいちゃん、もともと冒険者になれずに堅実な役人になったのを悔やんでる節があったんだけど、それで孫の私が女勇者になっちゃったでしょ。それで、気持ちが再燃しちゃったわけ」
「なるほど……。それはお義父さんの気持ちもわからんでもないがな……。孫が夢をかなえてくれたと素直に喜べるかというと、そう簡単にはいかんのが人の心だ」
「やっぱり、魔王ってやけにそのあたり、細かいわね」
「それはそれとして、アンジェリカ、ありがとう。心より礼を言う」
ワシは胸に手を当てて、謝辞の意を示した。
「勇者に助けられるとは、なかなか貴重な体験だったぞ」
アンジェリカはわざとらしくため息をついた。
「はいはい。私も魔王を助けるとか、勇者にあるまじきことをしちゃったわ」
そうは言うけど、まんざらでもないようだった。やはりお礼はこまめに言うべきだ。
ぱちぱちぱちと拍手の音が響いた。
レイティアさんが手を叩いてる。
「お父さん、お母さん、これでわかったでしょ? この家族はとっても上手くいってるわ。何の心配もいらないから」
「そうね。このままあなたの好きなように生きなさい、レイティア。お父さんのこともこちらでどうにかするから」
サスティナさんのその言葉で、ワシの今回のミッションは完全に成功した。
再婚、レイティアさんの親御さんに認められた!
最も恐ろしい敵と言っても過言ではない課題を乗り越えた!
●
ワシは帰路、ものすごく上機嫌だった。自然と鼻歌が出てきそうになるほどである。
ちなみに空間転移魔法だと旅の気分にならないとレイティアさんに言われて、馬車で帰っている。たしかに一瞬で目的地に着いてしまうと、どうも旅をしていた気になれん。あと、通勤などで使いすぎると運動不足も招くので注意が必要だ。
「アンジェリカ、何かほしいものがあったら言えばいいぞ。お父さんが買ってやるからな」
「お父さんは早すぎ。少し調子乗りすぎだから、そこは魔王であることをわきまえて」
冷めた顔でアンジェリカに言われた。
なれなれしくしてはダメなのだな。距離感がなかなか難しいが、実の子でもなれなれしく父親がしてきたら気持ち悪いか……。じっくり、ゆっくりと詰めていこう。
「魔王、にやにやしててキモい。もっと魔王らしくいかめしい顔してて」
「お前は父親がいかめしい顔してたら嫌じゃないか?」
「にやにやしてるよりは、そのほうがマシだから」
なんとも、そっけない。急に「お父さん」と呼ばれることまで期待はしてないが。
だが、ワシは魔王だ。あらゆる野望をかなえてこその魔王だ。
アンジェリカよ、いつの日か、お前にワシのことを「お父さん」と呼ばせてやるからな!
さらには、「パパ」とまで呼ばせることすら計画しているからな!
ワシは少し仲が前進した程度では満足せんぞ!
「ガルトーさん、やけに気合いが入ってるわね~」
「レイティアさん、わかりますか?」
「それは子供を作るぞってことかしら?」
恥ずかしい誤解をされていた。
「うっわ……最低……。それは引くわ……」
アンジェリカが本当に汚いものを見る目をしていた。
「違います、違います! まったくもってそういうわけではないです!」
ワシはあわてて全力で弁解した。
魔王といえども弁解する以外に手がないことも多いのだ。
魔王、義理の両親に会う編はこれでおしまいです。次回から新展開です!