178 魔王は自分は幸せだと思う
休日の朝なのにやけに騒がしいなと思ったら、アンジェリカが泣きついてきた。
「え~ん! 魔王、ササヤーナがグレたの! あの子に何か言ってよ~!」
ワシは虚無の表情で、アンジェリカを見た。
「そうか、それは大変だな」
「魔王、一切信じてないでしょ! 顔でわかるわよ!」
「だって、ササヤーナがグレることなどありえんだろ」
アンジェリカと一緒にササヤーナの部屋に入ったら、黙々と本を読んで勉強していた。
「あっ、また来ましたね、姉さん。勉強の邪魔はしないでください」
ササヤーナがこちらにあきれた顔を向けた。
まだ八歳だが、すっかり勉強家だ。顔だけ見ると、ちょっとアンジェリカに近いところもあるが、ここまで言動が違うように育つものだろうか。
「ほら、魔王、ササヤーナは私と一緒に遊んでくれないのよ。これはグレてるわ! 小さい頃はもっと外を駆け回るべきなのに!」
「それはお前の狭い価値観の中の基準だろう……」
もう、ササヤーナは本に目を戻していた。
「幼い頃から姉さんの姿を見てきましたから。姉さんのような生き方をしてはダメだと思って、勉強しているんです。早く大学にも入りたいですね」
ううむ……。ここまでアンジェリカが反面教師になるとは想定外だった。
「父さんも私が勉強するのを止めることはないですよね? 好きなだけ勉強させてくれますよね?」
挑戦的な目でササヤーナがワシを一瞥する。
「だな……。でも、たまには息抜きもしてもいいぞ」
娘の出来がよすぎると、それはそれでやりづらい。
「はいはい。ということで、お二人とも出ていってください。姉さんはそんなに暇なら弟のガルアスと遊んだらどうですか?」
ガルアスはササヤーナの次に生まれた、ワシとレイティアさんの間の子供だ。レイティアさんにとっても、初の男子である。こっちはササヤーナほど強気ではない。むしろ、弱虫とすら言える。
「あ~。それがね……」
アンジェリカが露骨に目をそらした。
「お前、幼い弟に何かしたか……?」
「悪いことはしてないよ? ただ、昨日、ゲームをやって、私が大勝ちしたら、泣いてママのところに走っていったの……。もう、私とゲームはしないって言ってたわ……」
ワシの脳裏に、大人気なく勝って喜びまくってるアンジェリカの顔が浮かんだ。おおかた合っていると思う。
子育てって難しいな……と思いながらワシはアンジェリカと共にササヤーナの部屋から出た。正確には追い出された。
ダイニングではガルアスがレイティアさんとゲームをして遊んでいた。やっぱり手加減をしてくれる相手のほうが楽しいのだろう。
「あ~、暇だわ。最近、皇太子の仕事もあんまりないし」
「本当はもっと自主的に学んでほしいこともあるんだが、好きにしろ」
「魔王、どっか出かける? だったら、暇だからついていくわよ」
行くあてはないこともなかった。
●
ワシとアンジェリカは魔族の土地でいくつか買い物を済ませてから、ササヤの墓にやってきていた。
すぐに幽霊のササヤが出てくる。
ワシの顔を見て、くすくす笑った。
「どうも大変そうね。顔にそう書いてあるわ。愚痴でもこぼしに来た?」
「子育てが難しい! ほんとに手伝ってほしいぐらい難しい! なんで一人ずつあんなに違うんだ?」
これが仕事なら試行錯誤して成長していきますなどと言えるのだが、子育ての場合、子供のほうがどんどん頭も体も変化していくので、一回子育てで大きな失敗をすると、それが子供にずっと影響してしまう。
なので、気が気でない。
「魔王はおおげさなのよ。ササヤーナは手もかからないし、ガルアスもお利口だし。それなのに疲れた顔してるだとか、小心者すぎるわ」
「二人ともお前ほど神経が図太くはないからな」
「けど、私みたいな子供に育っても嫌なんでしょ? ……今、顔が土気色になったわよ。魔王、いくらなんでも失礼よ。これでも皇太子よ」
そんなワシとアンジェリカのやりとりを見ていたササヤがやたらと笑っていた。
「二人ともいい親子をやれてるじゃない。やっぱり血がつながってるかなんて、些細なことなのね」
「え~? 魔王って父親の威厳がないんですよ。もっとどっしり構えていてほしいです」
「お前にダメ出しされるの、仕事で部下に何か言われる時の五十倍は腹が立つな!」
まずは自分の問題点を減らしてから物申せ!
「ほらほら、ここまで遠慮なくしゃべれる親子なんて、なかなかいないのよ」
「遠慮がないということに関しては事実だな……」
これがいい親子関係と素直に受け入れがたいが、今更やり直しもきかんし、このままやっていくしかないのだろう。
「それに、アンジェリカちゃん以外との関係もいいみたいじゃない」
ササヤの声とは別の声が後ろから聞こえた。
「え~い! よし、やっつけた♪」
レイティアさんがナイフでモンスターを倒しながら、こっちに歩いてきていた。両側にササヤーナとガルアスが怖々と引っ付いている。
「やっぱり、ここにいたんですね~。いいお花が手に入ったから、持ってこようと思って来ちゃったわ~」
レイティアさんは魔族になってさらに強くなって、この墓にも平然とやってこれるほどの力もある。かといって、来るとは思ってなかったが。
「あの、あまり無茶はしないでくださいね、レイティアさん?」
「無茶はしてないですよ。最近、運動不足だったし、ちょうどいいかなって」
運動不足ってノリで足を踏み入れていい場所ではないのだがな……。
「ママ! 勇者で皇太子の私より強いキャラのアピールはやめてね! 立つ瀬がなくなるから!」
アンジェリカが情けないことを言っていた。
ササヤだけが楽しそうに大笑いしている。
「ねっ、いい家族でしょ?」
ワシもゆっくりとササヤにうなずいた。
「ああ、ワシは幸せ者だよ」
今回で連載のほうはおしまいです。最後までごらんいただき、本当にありがとうございました!
活動報告でも少し触れられればと思います。