177 魔王、笑うしかなくなる
くそっ、しっかりアンジェリカが見張っている。
もっといちゃつかせてほしい。また、すぐにでも冒険に行ってきてくれんかな。
「今、冒険に行けって思ったでしょ。悪いけどしばらくはのんびりするわよ。あんまり魔王とママがベタベタしないように見張るからね。それが年頃の娘の仕事よ」
アンジェリカはレイティアさんに引っ付いているササヤーナの角を撫でた。そんな仕事なんてないわ。
「かわいいわね~。でも、お姉ちゃんよりかわいくならなくてもいいからね~」
そこは「お姉ちゃんよりかわいくなりなさいよ」と言うところだ。自分が幼い妹に勝とうとするな。
「お姉ちゃん、魔族になったから結婚のことも当分気にしなくていいし、気楽なの。悩みも一つ減ったわ。これで、のんびりできるわ。当面、大きな事件もないだろうし。魔王の地位も、あの魔王が心労に耐えながらやってくれるみたいだし~」
できれば心労はないほうがいいのだが、やむをえん。
だが、何かまだあった気がする。
アンジェリカに言っておかねばならんことが、残っていたような。
「お姉ちゃん、なんでそんなに元気なの?」
「それはお姉ちゃんが勇者だからよ! ササヤーナもお姉ちゃんみたいに元気に育ちなさい。いわば、勇者である私の唯一の継承者なんだから」
アンジェリカみたいにおてんばというか、雑な性格になって育ってほしくない。
完璧なタイミングでネコリンが「アホーアホー」と鳴いた。あれ、自分よりアンジェリカのほうがアホだと認識しているな。
しかし、そんなことはどうでもいい。
言い忘れていたことを思い出した。
この場でいいか? もう、勢いで言ってしまったほうがいいだろう。レイティアさんもいるし。
「なあ、アンジェリカ、ちょっと話がある」
「何? ササヤーナを皇太子にするのはいいけど、勇者にするのも止めさせないわよ。私の継承者はササヤーナしかいないわけだもの。弟子がいたりすればいいんだけど、勇者である私に気後れして志願者がいないのよね~」
アホだと思われて避けられているのでは……。
「そのことなんだが、え~とな……継承者候補ができる」
「どういうこと? 魔族の中で弟子入り志願者がいるの? まっ、私が魔族になってるんだし、魔族が勇者に弟子入りしてもおかしくない時代だけどさ」
あっ、この反応だとまだ理解してないようだ。
ちらっとレイティアさんに目をやると、楽しそうに笑っている。うん、恥ずかしいことではないのだから言わなければならん。
「レイティアさんにまた赤ちゃんができた」
アンジェリカの瞳がやけに大きく見開かれた。
「…………へ?」
「レイティアさんにまた赤ちゃんができた」
二度は言いたくなかったが、黙ったままアンジェリカの次の反応を見るのも落ち着かなかった。
「えーっ!? また? またなの!?」
「そうなのよ~。ほら、前にアンジェリカが十日間ほど冒険に出ていってたでしょ。あの時にシュローフさんに診察を受けたら、次の子ができていますって言われたの」
レイティアさんは優しく自分のおなかを撫でた。
「次はどんな子かしら~。男の子でもいいわね~」
「なんか、ハイペースでできすぎじゃない? 私、二人に勇者の特訓をする自信はないわよ」
アンジェリカがわけのわからん心配をしていた。
「そんな特訓はせんでもいい。むしろ、するな」
アンジェリカみたいな子供が三人いたら、さすがに家庭崩壊しそうで怖い。
でも、そんな話題のままなら、まだよかった。
アンジェリカが白い目になった。
「年頃の娘がいるのに、そんなにいちゃつけるものなの? 私にはよくわからないんだけど」
うっ! その反応が一番つらい!
「べ、別によいだろ! 悪いことをしたわけではない! ワシとレイティアさんの間はまだ新婚の範囲だ!」
「そうよ~。ガルトーさん、とっても優しいのよ」
そこでレイティアさんは顔を赤らめて、両手を頬に添えた。
「なのに、激しくもあるの。わたしと相性がいいのかもしれないわね、ふふっ……」
「ママ、冗談抜きでやめて!」
大声でアンジェリカが叫んだ。離れた隣の家にまで聞こえそうな絶叫だった。
「そういう話は絶対にやめて! 次やったら、本当に家出するからね! 親子の間でもセクハラはダメだから! 許さないから!」
うん、これはアンジェリカの反応が正しいな……。
「レイティアさん、その手の話はやめておきましょう」
「そうね、あなた」
目がどことなく妖艶だった。朝からやけにそわそわしてしまう。
「だから、あなたって呼ぶのもダメ! 私の前では距離感を保って!」
「ケンカだ、ママとお姉ちゃん、ケンカしてる~」
ササヤーナが楽しそうに笑っていた。いや、楽しくはないぞ、我が子よ……。
「アンジェリカも、あんまり叫ぶとササヤーナの教育に悪いからほどほどにしなさい……」
「魔王も、朝から娘に赤ちゃんできましたって報告しておいて、教育に悪いも何もないでしょ!」
あっ、表現がまずかったか!?
「ずっと黙っているのも変だろうが! それに、赤ちゃんを作ることは恥ずかしいことではない! お前だって、ササヤーナをかわいがっているだろ!」
「赤ちゃんを作るだとか、堂々と言わないで! ああ! やっぱり、魔王のせいでこの家がおかしなことになってる!」
ササヤーナがきゃっきゃと笑っていた。そんなにワシらの困惑ぶりが面白いのか、娘よ。
こいつは、将来、魔王になる素質があるかもしれんな……。
だが、レイティアさんも笑っているし、これでいいか。
ワシもヤケクソのように笑った。
笑いの絶えない家族というのは、きっと悪いものではないはずだ。
次回最終回の予定です!