175 勇者、決断をする
三日後、アンジェリカのパーティーの仲間たちが家にやってきた。
休日だったのでワシも朝から在宅していた。休日はできるだけササヤーナのそばにいつつ、レイティアさんのお手伝いをしたいからな。
盗賊のジャウニスは余計な物色でもしようとしたのか、「束縛の樹」に捕まっていたが、些細なトラブルだ。
理由の一つは、アンジェリカと合流するためだが、どっちかというともう一つのほうの理由のが大きいだろう。
「まあ! もう、こんなに大きくなりましたのね!」
魔法使いのセレネがササヤーナを抱き上げていた。
ササヤーナも笑顔になっていた。自分の仲間だということが感覚的にわかるのだろう。
「セレネ、ボクのほうにも」
「ゼンケイよ、こういうものはレディファーストであるべき。拙僧が先である。教典にもそう書いてある」
武道家のゼンケイと神官のナハリンもそんなことを言っている。教典に書いてあるというのはおそらくウソだろうが、神官がウソをついていいのか?
そう、ササヤーナの成長ぶりを確かめるために寄ったというのが真相に近いのだ。
パーティーの人間の妹となると、それは家族のようなものなのかもしれんな。
意外なことに軽薄そうに見えるジャウニスが一番節度がある対応をしているというか、買ってきた飴をあげたぐらいで、べたべた触るようなことはしなかった。
男だから子供に興味がない奴も多そうだが、そういうのとも違う。変に子供扱いしたりしないという様子だ。
「魔王さん、ジャウニスの奴は、将来かわいい子に育つんじゃないかと思って、幼い頃からいい印象を与えようとしていますのよ。気を付けておいてくださいませ」
セレネが忠告してきた……。
「なんとも気の長い話だな……」
その時はジャウニスのほうもいい歳だぞ。でも、年上の男にあこがれる時期も女子にはあるから、警戒はしておいたほうがいいのか……。
「ちょっと、みんな! 次のダンジョンの打ち合わせをするはずなのに、ササヤーナの相手ばっかりしてるじゃない!」
アンジェリカが珍しく正論を言っている。アンジェリカも趣旨がおかしいぞとわかっているようだ。
まあ、ササヤーナにとっても、姉や兄のような存在が多いなら悪くはないか。この農村は平和だが刺激が少ない。父親として多くのものを吸収してほしいとも思う。
アンジェリカと目が合ったが、お互い、何も言わなかった。言う必要もない。
夕飯の前にパーティー一行は家を出ていった。ササヤーナは「セレネお姉ちゃん、ばいばーい」と笑顔で手を振って、セレネをとろけさせていた。
その夜、ワシがササヤーナに本を読んでやっていると、レイティアさんがこんなことを言った。
「今頃、アンジェリカ、みんなに相談しているかしら」
「さあ。冒険が一段落してから話すというのもありそうですしな。すべてあいつに任せております。どれだけワシより短い時間しか生きてないとしても、アンジェリカも、もう大人です。自分のことは自分で決めますよ」
そう口にしてから、ワシはついつい声を出して苦笑してしまった。
「パーパ、どうしたの?」
「ああ、ササヤーナ、何でもないんだよ。思い出し笑いというやつだ」
考えてみれば、ワシは魔王という道を決めたのではなく、気付いたらなっていたのだった。魔王になどならんと言い出すという発想すら持っておらず、決められたことを懸命にやっていただけだ。
「ワシはアンジェリカよりずっと楽をしておったようです。あまり、偉そうなことも言えませんな」
自分の頭で考えないといけない分、あいつのほうが大変だ。
――十日後。
「あ~、疲れた~。とりあえずお風呂に一時間ぐらいつかって、ゆっくりした~い」
アンジェリカはだるそうな顔で旅から帰ってきた。
「ホコリクサイ、フロハイレー」
ネコリンにも入浴しろと言われてる始末だな……。感覚としては、近所で泥だらけになって遊んでた子供だ……。
なのに、その日の夜、アンジェリカはいきなりワシにこう言った。
「呪法受けるわ。魔族になってみる」
ちゃんと勇者らしい顔をしているから、これ以上覚悟を問うような無粋なことはせんでいいな。
「わかってると思うが、絶対に成功するわけではないぞ。魔族の血が流れてないならダメだからな」
「そうね。でも、魔王もいけると思ってるでしょ。以前、ママに角が生えてきたのを見ても、割と魔族の血は濃く受け継がれてるはずよ」
そのとおりだった。成功の確率は高いだろう。
ようは、あのタマネギの時のものをもっと強くやって、完全に魔族側の因子を引っ張り出す。
そうすれば、人間は魔族の側になる。
変化として、身体的に魔族の体になり、寿命が魔族相当に長くなる。
ササヤーナのそばで成長を見守っていくこともできるわけだが――
当然、人間の仲間たちとの別れも経験することになりがちだ。
生きている時間が人間と魔族ではまったく異なるのだから。
「魔族になっても、勇者としてみんなとパーティーでいたいって、すべて話したわ。都合のいい話だと自分でも思ったけど、遠慮してたら伝わらないからね」
「みんなはどう言っていた? 神官のナハリンなんかは断固反対したんじゃないか?」
アンジェリカは首を横に振った。
「昔の自分なら反対してただろうけど、今は魔族がそんな恐ろしいものだとは思わなくなったって。多分、魔王のおかげでもあるよ、ありがと」
「お礼を言われるようなことではないんだがな」
少し照れ臭かった。アンジェリカに素直にありがとうと言われると、こっちのほうがやりづらくなる。
その時、お風呂上がりでバスタオルを肩にかけたレイティアさんがダイニングにやってきた。
この様子だと全部聞かれていたようだな。
「アンジェリカ、決めたのね。じゃあ、一緒にその儀式とやらを受けましょうか」
レイティアさんはアンジェリカと同じ道を選ぶと言っていた。
「うん。たとえ、魔族になっても、私は胸を張って勇者として生きていくから。何もためらう理由なんてないわ」