173 魔王と勇者、すれ違う
今年もよろしくお願いいたします! と言いつつも、こっちの話のほうは佳境に入ってますが……きっちりいい感じで書き終えたいと思います。コミカライズともどもよろしくお願いいたします!
ケーキのお皿などを片付けたあと、ワシとアンジェリカはテーブルで向かい合った。
これでネコリンが「ハナシニマゼロー」とか言って入ってきたらややこしいなと思ったが、幸い、ネコリンも眠ってくれていた。
というわけで、話の邪魔をする者は誰もいない。
それはワシが逃げるチャンスもないということだ。
それでいい。親だからこそ、こういうことは逃げてはならんのだ。
「それで何よ、魔王――といっても、私も話の予想はついてるけどね」
アンジェリカも落ち着いた表情でいる。妹ができた影響なだけではないと思うが、短期間で子供っぽさは抜けて、風格のようなものが出てきたと思う。
今も勇者として冒険者は続けているが、黙っていれば貴族の令嬢と言ったほうがしっくりくる。実際、式典などでドレスを着ると、ほかの参加者の目を奪う。
この年頃の娘というのは、変わるものだ。
「ああ、お前の考えていることで正解だろう。いいかげん、はっきりとさせておかんといかんからな。ワシもレイティアさんと再婚したばかりの時の頃のように、逃げ腰にはならんようにしたいと思っている」
「私からしたら、魔王はずっと魔王で変化もないけどね。じゃあ、話して。あまり前置きが長くなると、また話しづらくなるわよ」
冒険者らしい単刀直入な物言いだが、今はそのほうが助かるかもしれん。
「わかった。では、聞くぞ」
ワシは小さく空咳をして、アンジェリカの瞳を見つめた。
逃げぬぞという意思表示だ。
「お前も年頃になってきたが、結婚のことはどう考えている?」
「…………えっ?」
アンジェリカの顔が急にまぬけなものになった。
「何が『えっ?』だ。結婚が頭をちらつく頃合いだと思うが、好きな人はいるのか? さっきからの態度なら、いるんだと思うが……別に人間でも魔族でもエルフやドワーフでもいいから言ってみろ。反対したりはせん。お前の人生だ」
言ったぞ! 親として、娘の結婚を後押しする、理解力のある父親になったぞ!
「ただ、父親として一つだけ言わせてくれ。お前の選択が間違いだったと後で気付くかもしれん。その時は素直にそれを認めて、やり直せばいい。生きていれば、恋に溺れて手痛い失敗をすることもある。それもまた成長だ。だから、傷つきすぎて動けなくなったりすることはないとだけ誓ってくれ」
「待って、待って! なんで私が一週間後にでも婚約者連れてくるような体で話をしてるわけ? そんなこと一言も言ってないし!」
やけにアンジェリカが慌てている。
むっ……ワシが話を急がせすぎたか?
「ああ、交際期間というものもあるからな。年内に式の準備をしろなどとは言ってないぞ」
「いやいやいやいや! 交際してる相手もとくにいないわよ! 魔王にだけ隠しててママに言ってるなんてこともなくて、本当にいないわよ!」
おや……? 雲行きが怪しくなってきた。
「ということは、ワシがいい見合いの相手を用意すればいいのか? お前はそういうのは嫌がりそうだから動いていなかったのだが、そのほうがいいというのであれば見繕ってみるが……」
今度はアンジェリカがはっきりと右手を突き出した.
「それは余計なお世話よ。向こうから会いたいっていうなら会うけど、無理に魔王がセッティングするんだったらいらない!」
つまり、結婚も交際もアンジェリカは考慮に入れてなかったようだ。
ほっとしたような、そろそろ考えに入れておいてほしいような、複雑な心境だ。乙女心じゃなくて、親心も複雑である。
もっとも、まだ疑問が残っている。
「だったら、お前は何の話だと思っていたのだ……?」
こいつはこいつでなんらかの予想を立てて、この場に臨んでいたはずだ。ワシが何を言うと考えていたんだろう。
「決まってるでしょ。むしろ、結婚の話が出てきてびっくりしたわ」
「決まってると言われても、事実、違う話だったぐらいだから、ワシにはわからん」
アンジェリカは自分の胸に手を置いた。
「皇太子の地位の話よ! こ・う・た・い・し!」
「えっ? お前、また皇太子をクビになるような問題でも起こしたのか? ちょくちょく問題は起こしてるが、別に今の地位のままでいてもらっていいぞ」
魔族の式典に顔を出すぐらいで、政治的なことはとくにやらせてないので、問題を起こしたといっても知れている。
「そうじゃないわよ! ササヤーナが生まれたし、皇太子の地位を魔王の血を引いてるあの子に移したいってことじゃないの!?」
アンジェリカは身を乗り出すようにして言った。
「私は何も気にしてないわよ。魔王にしても、皇太子にしても、あの子のほうが立場として適任だし、私も気楽に冒険者やるのが嫌なわけないし。だから、いつでもクビにしてもらっていいわよ。それで魔王を恨んだりなんてしないわ」
「なるほど……。そういうことを言うと思ってたのか……」
やっと腑に落ちた。
「むしろ、結婚がどうとか言われるなんて考えてもなかったわ……。だって、政治的に重大な案件って、真っ先にそれが来るでしょ……」
妙なところですれ違っていたらしい。
親子と言っても、当たり前だが異なる人間だ。こんなすれ違いもある。
「心配するな。当面、お前を皇太子の地位から代えるつもりはない。皇太子が嫌だって言うんなら、形式的にササヤーナにするしかないが、ワシも健康そのものだし、当面はこのままで問題ない」
こういうのは、とくに理由もなく動かさないほうがいいのだ。無駄な混乱が起こるし、式典だってやらんといかんから、準備も費用もかかる。
「な~んだ。身構えて損したわ」
アンジェリカがテーブルにべたんと垂れた。スライムみたいに弛緩しているな……。
「うむ。お前の考えていた案件ではなかったので、そっちは問題ないのだが――」
ワシは垂れているアンジェリカを見据えた。
「――結婚のことなどはどう考えているのだ?」