172 魔王たち、娘を祝う
「ありがとー、ありがとー」
ササヤーナが少しこもった声だけど、ちゃんと、ありがとうを言った。
角もだんだんと立派になってきている。これからだんだんと硬くなっていくだろう。今は椅子から落ちたりした拍子に折れないように気をつけねばならん。
「うん、おめでとう、ササヤーナちゃん!」
レイティアさんがいつものように天使みたいな声で祝福する。
テーブルにはササヤーナでも食べられるようなスポンジケーキが置いてある。ワシとレイティアさんの二人で作ったものだ。チョコレートソースで「おめでとう」という文字も皿に書いてある。
うん、めでたい。本当にめでたい。
「ササヤーナ、二歳三か月おめでとう! 二歳六か月も健やかに迎えるのだぞ!」
「やっぱりおかしい!」
ワシの声にかぶせるように、すぐにアンジェリカが文句を言った。
「大きな声を出すな。ほら、ササヤーナがきょとんとしているではないか」
このお姉ちゃんは何を言ってるんだという顔でササヤーナはアンジェリカの顔を見つめている。アンジェリカがツッコミ入れるのはさすがに慣れているので、とくに泣き出したりはしない。
「おかしいでしょ! 誕生日を祝うならわかるわよ。でも、二歳三か月のお祝いって何!? なんで四半期ごとに祝うのよ! 魔族ってパーティー大好きなの!?」
「いや、そんな風習はない。むしろ、魔族は十年に一度祝えばいいかぐらいのノリだ」
「じゃあ、魔王の個人的な趣味なのね。とにかく過剰よ、過剰よ」
「ママはおめでたい日が多いのはいいことだと思うけどね」
レイティアさんがワシの味方に回ってくれた。もうワシは無敵だ。
「ほら、レイティアさんもこう言っているだろう。この時期はわずかな間に人間は急成長するから、四半期に一回お祝いするぐらいでちょうどよいのだ」
当人のササヤーナがきょとんとし続けているのが玉に瑕だが、まだ行事の意義などを認識するには幼すぎるのでしょうがない。
「もう! ママも最近、魔王に加勢することが増えてる気がする! 勇者陣営が不利だわ!」
「やっぱり、ササヤーナちゃんのことを甘やかしたいのよ~。ごめんね、アンジェリカ」
レイティアさんの言葉のとおりだと思う。レイティアさんは別にワシにえこひいきをしているのではなく、まだ幼いササヤーナのために時間を使いたいのだ。
だいたいレイティアさんが娘であるアンジェリカにつれなくするなんてことはありえないからな。誰にでも微笑みを投げかけてくれるところにワシも惹かれたのだ。
アンジェリカもやっと諦めたのか、ため息をついた。
「わかったわ。この家がそういう方針なら、好きなだけ祝ったらいいじゃん」
よし、アンジェリカも納得してくれたか。
「ただし、三か月後の二歳六か月祝いの時は私の勇者としての偉大さを伝えることに時間を割かせてもらうから!」
「おい! マジでやめろ! ゆがんだ思想を植え付けるな!」
確実に教育に悪影響を及ぼすではないか!
「どうして? 姉がいかにすごい人間かを教えるのは普通なことでしょ。年上の人間を敬うのも悪いことではないわ」
「圧倒的に年上であるワシのことを敬ってないお前がそんな理屈を持ち出すな!」
ううむ……。今まではアンジェリカが露骨に娘を自分の信徒みたいにするようなことはなかったのだが、これからは気をつけねばならんかもな……。
とはいえ、その前に、ワシがアンジェリカに話をせねばならん重要な問題が残っているのだ。
ササヤーナの教育のことは、そちらを話したあとに考えることにしよう。
「まあ! ササヤーナちゃん、すごいわ~! 運動神経がいいのね~!」
レイティアさんがやけに歓声をあげているなと思ったら――
「いち、にい、さぁん、しい……」
ササヤーナが右手一本で椅子の上で、逆立ち腕立て伏せをしていた!
「ササヤーナ、危ないからやめなさい! 椅子から落ちたらどうする!」
ワシはササヤーナの椅子の下に待機して、いつでもキャッチできる態勢を作る。
「さすが勇者の妹なだけあるわね! どんな凶悪な魔王もやっつけられるわ!」
アンジェリカも、ちゃんと注意してくれ。妹を守ってくれるかいまいち信用できんから、余計にお前に任せられんのだ……。
「あのな、ササヤーナは魔王であるワシの直系だからな! 魔王をやっつける奴に育つことはない!」
「今のところ、勇者の後継者候補でもあるのよ。魔王の論理でササヤーナを縛ったらダメよ」
ワシとアンジェリカが言い合いをしている間にササヤーナは逆立ち腕立て伏せを二十回クリアしていた。ちょっと怖いぐらいに身体能力が高い。
だが、図らずもアンジェリカと話し合わないといけないことに近い話が出てきてしまった。
よし、善は急げだ。先延ばしにせずに今日、確認しておこう。
「アンジェリカよ、あとで話しておきたいことがあるのだが、いいか?」
アンジェリカもすぐに悟ったのか、真面目な顔になった。
「いいわよ。そのうち、ササヤーナが寝ちゃうと思うし、そのあとにここでいいかしら?」
その態度だと、お前の中でもすでに答えみたいなものはあるということか。
父親としてはうれしいような、寂しいような、不思議な気持ちだ。
手のかかる子供ほどかわいいというのは真理なのかもしれんな。
「あらら、ササヤーナちゃん、腕立て伏せで疲れちゃったの~? じゃあ、おねんねしましょうね~」
「ねむ、ねむ……」
もう、ササヤーナはレイティアさんの胸に抱かれていた。
先延ばしする気はなかったけど、いくらなんでも展開が早すぎる!
でも、まあ、いいか……。やらないといけないことは同じだし、アンジェリカとの間にもワシは信頼関係を築けている――――はずだ。




