170 魔王一家、名前を決める会を開く
休日、ワシとアンジェリカは、港町の高台にあるレイティアさんのご両親の家に行った。
ご実家と言ってもいいのかもしれんが、この家でレイティアさんが育ったわけではないので、表現として正しいのか悩む。子供世代の結婚を機に、親世代のほうが違う家に引っ越した場合、どう呼ぶのが正しいのか教えてほしい。
そんなことはどうでもいいのだが――
久しぶりにお会いしたレイティアさんはやはりまぶしい!
「あなた、会いたかったわ~」
「こちらこそ!」
出てきたレイティアさんを思わず抱きしめてしまった。アンジェリカがあきれた視線を送っているのは感じる。少し軽率だとは思うが、それでも今はレイティアさん成分を補給することを優先したい!
よし、これで一週間でも二週間でもまた頑張れるぞ!
「ギスギスしてる親を見るのも嫌だろうけど、仲が良すぎる親を見るのも微妙なものね」
なんとでも言え! また当分、レイティアさんと会えないからな。それまで耐えられるようにしてくおくのだ。
「あらら、二人とも本当に熱々なのね」
その声にワシはさっとレイティアさんから離れた。
レイティアさんの生みの親であるサスティナさんがやってきていた。腕には孫に当たる赤ん坊(名前はまだない)が収まっている。
さすがに義理の親が見ていると恥ずかしい。あと、印象悪くなっても困るし……。
「おばあちゃん、私がいない時でも見張っててね。すぐに魔王がママにひっつこうとするから。ママのいない暮らしが長引いて禁断症状が出はじめてるの」
人を麻薬中毒者みたいに言うな。
ちなみに、人間が使うような麻薬は魔族の体には全然効かん。なので麻薬の問題に関しては魔族の間ではない。精神支配魔法をかけてもらって気持ちよくなろうとする奴はいるが……。
「まあ、大目に見てあげな。こういうのは仲がいいうちが華だよ」
サスティナさんはワシのほうに赤ん坊を差し出してきた。
「さあ、父親として抱いておやり」
「わ、わかりました……」
ワシは赤ん坊を受け取った。
「ウワアア~~~ン! ウアアアアア~~ン!」
予想していたけど、すぐに泣いた!
「あ~あ。やっぱり魔王がすぐそばにいるとか、本能的に命の危険を感じるのよね。そうよね」
「アンジェリカよ、ワシは血に飢えたオオカミじゃないぞ……」
「私に抱かせてみて。お手本を見せてあげるわ」
ドヤ顔でアンジェリカが言う。多少イラッとするが、ワシが泣かせてしまったのは事実だ。ここは違う者に委ねるしかない。
「ウワアア~~~ン! ウアアアアア! ウアアアアア! ウアアアア!」
泣くだけじゃなくて、体を動かしまくって抵抗している!
「そんなお姉ちゃんの偉大な姿に感動しちゃったの? もっと落ち着いていいのよ?」
「お前、いつも自分だけポジティブに解釈するな! シャレにならんほど嫌がられてるではないか!」
「ほら、アンジェリカ、ママが抱っこするわ」
レイティアさんがアンジェリカから赤ん坊を受け取った。
すぐに赤ん坊は泣き止んで、むしろ「きゃっきゃ!」と笑いだした。
サスティナさんが「やはり誰が母親かわかるものなんだねえ」と言っていた。
ある意味、当然か。
しかし、抱っこしただけで泣いて泣いて抵抗するようでは、子育てが難航しそうだから、そこは今後解決していかねばな……。
それと、ワシらの後ろのほうで、義父のバインディさんが少しうらやましそうな顔をして、こっちを見ていた。
素直に来ればいいのに、変なところで強情だな……。ちょっとアンジェリカに近いところもある。
応接室に移動して、ワシらは今日の本題に取りかかることにした。
そう、赤ん坊の名前を決めるのだ。
現在、赤ん坊は応接室の中央のテーブルのカゴに入っている。目は開けているので、ちらちら出席者たちを見ていた。赤ん坊の頃の視力ってよく知らんけど。
「は~い、それじゃ、この子の名前を決める会を開きたいと思います」
レイティアさんが司会役をつとめる。
「みんな、案を一つは言ってくださいね。どの案にするかは多数決じゃなくて話し合いで決めます」
「はい! まず私ね」
アンジェリカが手を挙げて、名前を書いていた紙を広げた。
例の「エクスカリバーナ」という名前が書いてあった。まだ諦めてなかったか!
「あら、強そうな名前ね~」
「でしょ。勇者の妹なんだから強くなければダメでしょ!」
むむっ、レイティアさんはどんなひどい意見も否定しないので、アンジェリカが増長してしまう!
なお、ご両親の反応は――
「案外かっこいいかもしれんな」(バインディさん)
「孫が将来恨むと思うからやめたほうがいいよ」(サスティナさん)
というものだった。サスティナさんの判断が冷静でよいと思うが、意外と評価してる声が大きいのが気がかりだ……。
「じゃあ、次はあなた、案をどうぞ」
よし、少なくともエクスカリバーナよりはいい評価を得なければ!
ワシは「スイファセンラ」と書いた紙を出した。
「魔族らしい変わった響きの名前ね~」
あれ、心なしかレイティアさんも無理矢理褒めているような気がする。
今度のご両親の反応は――
「案外かっこいいかもしれんな。もっと名前が長くてもいい」(バインディさん)
「ダメだね」(サスティナさん)
というものだった。もしや、バインディさん、センスがおかしいのでは……?
アンジェリカがとんとんとワシの肩を叩いて、耳打ちしてきた。
「言っとくけど、おじいちゃんは味方っぽい名前も、敵っぽい名前も好きなのよ……」
「冒険者になりたいという夢を忘れてはいないということか……」
次はそのバインディさんの番だった。
バインディさんが出した紙には「命名 バルバドリスティ」と書いてあった。
「どうじゃ? なんかインパクトがあって大物になりそうな名前じゃろ――」
サスティナさんが立ち上がって、その紙を破り捨てた。
「センスがない! 三十年は勉強が足りないよ!」
「す、すまん……」
バインディさんが一喝されて、小さくなった。この夫婦の力関係がよくわかった……。
「ったく。私だって悪者にはなりたくないのよ。でも、孫娘の名前がバルバドリスティになるのは止めなきゃいけないでしょ……」
サスティナさん、ありがとうございます。