17 ご両親のところへ
そして、休日。
ワシはレイティアさんのご両親が住む海沿いの町の高台に来た。
高台からは港町と海がよく見渡せて、なかなかの眺めだ。
「お父さんもお母さんもだだっ広い農村の生まれだったから、こういう海が見えるところに住むのが夢だったんですって。それで、わたしが結婚した時に家を譲って、こっちに移り住んだの」
「そうでしたか。大変よいご趣味かと思います」
アンジェリカが「魔王、お見合い中みたいに硬くなってるよ」と言ってきた。
しょうがないではないか。こんなん、緊張するに決まってるし。
もしも「魔王なんかに娘と孫を任せられるか! 魔族の土地に帰れ!」などと言われたらどうしよう……。
はっきり言ってどうしようもないし、そのリスクも十二分にあるのだが、かといってあいさつが遅れれば遅れるほど印象は悪くなる一方なので、逃げるわけにもいかなかった。
さあ来い! ワシは逃げんぞ!
オシャレな一軒屋のドアを叩くと、レイティアさんのお母さんとおぼしき方が出てきた。表情にどこか似たところがある。
「ああ、再婚相手の。よく来ましたねえ。はいはい、あがって、あがって」
よかった。敷居をまたぐな的なことは言われなかったぞ。いや、いくらなんでも、今時そんな大人げない拒否のされ方はしないか。
「あの、これ、クッキーの詰め合わせです。よかったらどうぞ」
「ほら、わたしがよく買っていくやつよ~」
「あらら、気をつかわせてしまったね。ありがたく、いただいておきますよ」
レイティアさんがフォローに入ってくれた。ご協力感謝します! いや……レイティアさんがフォローしてくれるのは当たり前なのか……? あくまでも夫と妻だものな……。
一方で、アンジェリカのほうは――
何を考えてるかわからんが、少なくとも笑ってはいなかった。もしや、祖父母とそんなに仲がよくないとか? あるいはよく会っているから、愛想よくする必要もないということかもしれん。まだ、判断はできん。
とにかく、事務的にやるべきことをやっていけ。そしたら、いつのまにか全部終わっている。行政手続きと同じ発想だ。ものすごくかったるくても、粛々とこなしていけば、いつのまにか完了している。
我々は応接室らしきところに招かれた。ゆったりした椅子の前に低いテーブルがある。
「今、お茶を用意しますからね。魔王さん――魔王さんと呼んでいいのかしら?」
「あ、はい。魔王でも、ガルトーでもお好きなほうで」
「じゃあ、威厳があるから魔王さんのほうで呼ぶわね。魔王さんは、お茶は人間が飲むものでいいの?」
「ええ、いただきます。大丈夫です」
お母さんが一度、部屋を出ていった。威圧されていたわけではないが、少し気が楽になる。
いやあ、なかなか神経が張り詰めるな。この気持ちは辺境で小さい反乱が起きた時以来かもしれん。いや、あれよりは今のほうがきついか。あの時は絶対勝てるという確信みたいなのがあったが、今はそれもないしな……。
「ガルトーさん、あまり硬くならなくても大丈夫ですよ~」
レイティアさんが微笑んでくれる。ありがとう。その笑顔があれば乗りきれます。
「わかりました。自然体でいきたいと思いま――」
「魔王、あまり油断はしないほうがいいよ。戦闘のつもりでいて」
今度はアンジェリカから真逆の注意をされた。どっちだ? どっちが正しいんだ?
やがて、茶器を持ったお母さんとともに、お父さんが入ってきた。
髪は短く、白髪になっているが、それでも目つきは鋭い。まだまだ若い者には負けんぞという顔をしてる。これは頑固かもしれんな……。守備力高そうだ。
来たな、ボス! どう来る? どういう反応を示す?
無言のまま、ボスは腕組みをして、ワシとは対角線上の席に座った。あれ? こちらからもう一度あいさつしたほうがよかったか?
「魔王のガルトー・リューゼンです。マスゲニア大陸で魔王をしております」
こんなあいさつの仕方、初めてしたな。ここまで下手に出ることってずっとなかったからな。
「ん」
とだけボスは言った。あれ、お前に名乗る名はないということか? それは魔王に対して失礼ではないか――と思ったが、そんなこと言えん。
ワシの正面にはお母さんのほうが座る。
「私の名前はサスティナ、こっちは夫のバインディね。とっつきにくい人間かもしれないけど許してあげて」
サスティナさんが司会進行をする係か。こういうの、夫婦で自然と役割が決まってくるんだよな。
さて、ここは先手必勝というか。
兵は神速を尊ぶ。一気呵成に攻め立てて、武功を挙げるのだ。
「ええと……このたび、レイティアさんと再婚させていただくことになりました……。自分も今度が二度目の結婚です」
最初の妻のササヤとは死別したと言うべきか? でも、聞かれてもないのに自分から言うのもおかしいか。ササヤにも失礼な気もする。だが、どういう理由で前妻と別れたのかってことは相手も知りたい情報では……?
「ええ。魔王さんは最初の奥さんは戦争で失ったのですね。その時は本当につらかったでしょうね」
「あっ、ご存じでしたか」
「そして、レイティアに前の奥さんみたいなものを感じ、勢いで結婚を切り出した――ということでよろしいかしら? 魔王の仕事を続けつつも家庭的になろうと日々努力をなさってるようね」
やけに詳しい! 調べ上げられている!
さすが、レイティアさんの母親。細かなところまで情報を把握している。たしかに情報が中途半端では最高の戦果を挙げることもできん。
サスティナさん、物静かなようで、かなりのやり手だぞ。なによ魔王を前にして堂々としたその態度。女傑と言ってもいいのではないか。
これは気を抜けん……。
「結婚のことですけど、私はいいと思っています」
あっさりとサスティナさんが言った。おっ、もはや目的は達したか!?
いやいや、それは早計だ。今、「私はいい」と言ったぞ。つまり、バインディさんのほうは認めてないという読み取りもできる。浮かれるにはまだ早い。
「ありがとうございます。まだまだ未熟ではありますが、レイティアさんと、そしてアンジェリカさんを幸せにできればと思います!」
ここで孫娘のことも話題に出して信頼できる再婚相手像をアピールする。連れ子を虐待するようなクズではないということを強調しておくのだ。
「先日も、アンジェリカさんとは一緒に山に登ったんです」
「うん。行ったわ。本格的なダンジョンみたいにモンスターが攻めてきたけど」
おい、アンジェリカ、ワシの不利になるようなことは言うな! 重要な局面なんだ!
「まあ、アンジェリカも勇者だものね。それぐらいのほうが楽しめるんじゃない?」
サスティナさん、フォローありがとうございます! そうなんです! どうってことはないんですよ!
「それで、少し重要なことを聞きたいんだけど、魔王さん、いいかしら?」
重要なこと? いったいなんだ?
「子供を作る予定はおありなのかしら?」