167 魔王一家、新しい一員が加わる
その時、扉が勢いよく、ばたんと開いた。
トルアリーナの姿がそこにあった。
走ってきたらしく、肩が上下している。
「魔王様! それと……皇太子様」
アンジェリカのことを呼び慣れてないから、トルアリーナ、少し迷ったな。こういう呼称のことは決めておかないと案外迷うものだ。
「なんだ、急な決裁が必要な書類でもあったか?」
「お生まれになりました! 女の子です! お妃様もお子様も体調も良好とのことです!」
脳がトルアリーナの言葉の意味を理解するのに多少の時間がかかった。
「めでたい! 実にめでたい! ――でも、なんでお前が連絡に来るのだ!」
どうも腑に落ちない。トルアリーナが来たおかげで、最初、どうせ仕事の案件だろうと思って、淡々と応じてしまった。
こんな時に限って、平常心を発揮してどうする!
「報告が執務室に来たんだからしょうがないじゃないですか! 医師はその場を離れられませんし……あと、この控室に入れるのは高位の魔族だけなので、そのへんの者を使いにやらせることもできませんでしたので……わたくしが直接呼びに来たんです」
「こんな時にほうれんそうの不具合が明るみになった!」
しまった。この控室は要人向けのものだから、身分が低い奴は立入禁止なのだ。その結果、報告しづらいという事態が発生してしまった。
でも、そんなことは本当に、本当にどうでもいいのだ。
「やったわ! 魔王、見に行きましょう!」
アンジェリカはワシの手をぐいっと引っ張った。
こんなふうに自然に手を引かれたことってあっただろうか?
「う、うむ……お前、けっこうストレートに受け止めているな。ワシは生まれたと聞いて、また変な緊張がしてきた……」
「それはおかしいでしょ。生まれるのを待ってて、それで生まれたって報告を受けて、喜ぶ以外にどんな反応があるのよ」
アンジェリカの言うとおりなのはわかる。わかるが、まだ素直に喜べる状態に心がなっていない。もしかして、幸せすぎて、ワシが受け止めきれていないのだろうか?
「お二人とも、お妃様の入院している場所はわかりますね? わたくしから言えることがあるとすれば、将来推したいと思えるようなアイドルに育ててくれたらうれしいですということだけです」
「そこはおめでとうと言えばいいだろ」
フライセもそうだが、こいつら長期的な視野でものを見すぎだ。
「はい、魔王行くわよ」
アンジェリカに引っ張られて、部屋を出る。その時にトルアリーナは補足するみたいにつぶやいた。
「誠におめでとうございます」
まったく、この秘書はツンデレだ。
●
ワシとアンジェリカが来たことを部屋の外にいる者に言うと、すぐにシュローフが出てきた。満面の笑顔だった。
「さあ、こちらへどうぞ。ぜひ、お子様のお顔をごらんになってください!」
シュローフが出てきた扉にそのまま入っていく。
赤ん坊の顔を見る前に、聖母のようなレイティアさんの笑みが目に入った。
「あなた、アンジェリカ、わたし、頑張ったわよ」
出産直後だから、ちょっと疲れた様子もあったけれど、レイティアさんはほがらかな様子で、もしかしたらまた光を発しているかもしれない。
「よかった、本当によかったです……。ワシは、ワシは……うれしいです……」
いい言葉が出てこない。でかしたと言うのでは部下に対しての言葉みたいだ。だが、おめでとうというのも、他人事みたいに聞こえそうだ。ワシの子供でもあるのだから他人事はおかしい。だから、うれしいという自分の感情に関する言葉になった。
横からアンジェリカの嗚咽が聞こえてきた。
さっきまで元気だったアンジェリカはいつのまにか泣いていた。
「よかった……ママ、私、信じてたよ……」
こいつ、感情の変化、激しいな……。ピュアとも言えるが、批判精神がないとも言える。何にでも染まる感じがある。
「さすが私のママだね!」
いや、そういうの、親が「さすが私の子供だ」ということはあっても、「さすが私のママ」というのは変だろ。自分を基準にして過去の世代にさかのぼるな。
でも、こんな時にツッコミ入れてる場合ではないな。
レイティアさんは抱いている赤ん坊に視線を落とした。
「はい、この子がわたしたちの新しい家族よ」
その赤ん坊は小さな角が二本生えた、なんともかわいらしい存在だった。
「赤ん坊は泣いて生まれると聞きますが、泣いておりませんな」
「出てきた時は泣いていたけど、もう泣きやんだわ」
だが、その赤ん坊はワシの顔のほうを見ると――
「ウア~~~ン!」
いきなり泣き出した! これはショック!
「あ~あ。やっぱり魔王は怖いんだ。だって魔王だものね」
「おい! ワシの責任みたいに言うな! 赤ん坊が泣くのは不可抗力だ!」
今度はワシを押しのけてアンジェリカが赤ん坊の前に来た。
「ほら、お姉ちゃんだよ~、かっこいいお姉ちゃんだよ~」
「ウア~~~~~! ウア~~~~~~~~ン!」
ワシの時よりもっと大声で泣き出した!
「あれ? そこまで魔王を怖がらなくていいのよ。心配しなくても、けっこう小心者だし」
「泣いている理由をすべてワシになすりつけるな! 理屈からいくと、お前も怖がってるってことになるはずだ! むしろワシより怖がってるってことになる!」
「勇者を怖がるなんてありえないわ! だから魔王のせいよ!」
「勇者だったら、言動に責任を持て!」
そんなワシとアンジェリカのやりとりを見て、レイティアさんは楽しそうにくすくす笑っていた。なんともみっともない姿を赤ん坊に披露してしまっているかもしれん……。
そして、レイティアさんは赤ん坊に呼びかけた。
「あなたの家族はこんなふうにとっても面白いわよ」
面白い家族か……。こういう面白さはどうかと思うが……いがみあっている家族よりずっといいな。
四人での新生活もいいものにしてみせるぞ。
魔王、パパになる編はこれでおしまいです。次回から新展開です!