166 魔王と勇者、いろいろと語る
アンジェリカが足を止めて、こっちに振り返った。
「魔王、私の後ろをついてこないで。常に背中を見られてる気がして、そわそわする」
「だが、ワシが逆方向に歩くと、お前と衝突するだろう」
「いや、魔王は座っていればいいでしょ。テーブルの周囲を歩かなきゃいけないルールなんてないんだし」
「お前がテーブルの周囲を歩いているなかで、座っていたら落ち着かんだろ。だから、ワシも歩いているのだ」
ワシとアンジェリカの間で妥協点が模索された。
「よし、座るぞ……。まずは座るところからはじめる。立ち上がるから歩いてしまうのだ」
「そうね。二人とも座ってしまえば、何の問題もないのよ」
ワシとアンジェリカはまた席につく。
向かいの席に座ったので、アンジェリカと目が合った。
気まずい。
アンジェリカもそうだと思う。やりづらいという顔をしている。
ううむ、こんなことなら何か本でも持ってきておくべきだったか。……無駄だな。どうせ仕事の資料で同じ箇所ばかり読んでいたように、話が頭に入らないだろう。
このまま、何もしゃべらないのはおかしいし、何か話すかと思った矢先、アンジェリカのほうが口を開いた。
「ねえ、魔王、今、どんな気分?」
「抽象的すぎて答えづらいわ」
むしろ、ワシが今、どんな気分なのか教えてほしいぐらいだ。なにせこんな経験、初めてなのだ。
「私もどう聞けばいいのかよくわかんないんだけど、特別ことは確実だし、魔王の考えてることを聞きたいなって」
そこまで言ってからアンジェリカはこう付け加えた。
「私にとっても、すごいことなわけでしょ。そんなことはもちろんわかってるんだけど、ふわふわして変な感じなの。だから、魔王の言葉で整理ができたらいいなと思ったわけ」
ワシは少し笑ってしまった。
「あっ、なんか嫌な笑い方。大人が子供を笑うみたいな」
アンジェリカがちょっとしたムッとした顔になる。
「違う、違う。断じて子供扱いじゃない。お前もワシと同じ心境なんだなと改めてわかったから、笑ってしまったんだ。本当に、何とも言えんそわそわした気になるよな」
「魔王、長く生きてるのに役に立たないわね」
年長者を何でも屋的に言うな。
「長く生きていようとわからんものはわからん。わかってたらお前の後ろを歩いたりなどせん」
期待のような、不安のような、もやもやしたものをワシは抱えている。むしろ、抱えることすらできずにいる。アンジェリカもそんなところだろう。
もやもやしすぎていて、言語化すらできない。
いや。
それって、親子で同じ気持ちを共有できているということになるのか。
ある種、心が一つになっていると言えなくもないのか。だったら、ちょっとうれしいかもしれない。
きっと、血のつながっている親子もこんなものなのだろう。むしろ、この疑問をことごとく一問一答式で答えていく親のほうが不気味だ。
また、無言の時間ができた。
それを埋めるようにアンジェリカが口を開いた。
「ねえ、どんな子が生まれるのかな?」
「そりゃ、レイティアさんの子だから、かわいい赤ん坊に決まっている」
「そんなことぐらい、わかってるわよ。でも、かわいいにもいろいろあるじゃない。ほら……その……普通にかわいいとか、ものすごくかわいいとか」
こいつ、語彙力がないな……。
「ちなみにかっこいい赤ん坊の可能性もあるぞ」
「将来そうなるとしても、生まれたてはかわいいほうが勝つでしょ。あと、魔王に似るのは嫌だから、ママにとことん似てほしいわ」
「そんなひどいこと言うな……」
あと、赤ん坊の時点で、どっちに似てるとかわかるものなんだろうか。それも経験がないからわからん。魔族の出産経験者だって、人間との間に生まれる子供のことまでは知らないだろうしな。
「ササヤさんには子供が生まれるって報告はしたの?」
「したぞ。そういうのを黙っていて、後で微妙な空気になるのは絶対に避けたかったからな。ほうれんそうはすごく大事なのだ。報告がいってないというだけで、相手の顔をつぶすことだって珍しくない」
「政治でたとえるのおかしいでしょ! まあ、魔王がそういうことにマメなのはすごくよくわかるけど。小心者だし」
ちゃんと、ほうれんそうができていることはいいことなのに、なんで小心者としてディスられないといけないんだ? 別に気が大きくても、ほうれんそうできてるほうがいいだろ。
「ちなみにササヤさんは喜んでた?」
「『やったわね』って言われた」
「でしょうね。あの人、悪霊になって誰かを呪ったりしなそうだし」
「その部分は間違いない。ちょっと抜けたところもあるが、その分ササヤは明るい性格だった。それこそレイティアさんによく似ている」
アンジェリカが少し首をひねった。
「それだと、ササヤって人に似てるからママを好きになったみたいに聞こえるわね」
「え……? それはうがった見方をしすぎだろ……。あくまでも、一人の人格としてレイティアさんを愛しているぞ!」
あと、好きになる相手のタイプってある程度、決まっているものだろう。全然タイプが違う相手のことを好きになるほうが珍しいと思う。うかつに口に出すと、やっぱりタイプで選んでると言われそうだから黙っておくが。
それはそれとして、アンジェリカと話ができている。
最初に出会った時は、話が成立しないありさまだった。まあ、最初に出会ったのは、こいつがパーティーでワシを討伐に来た時だから話が当たり前だが……レイティアさんとの結婚後も、ずいぶんぎくしゃくしていた。
よく成長できたのではないか。ワシもこいつも。
レイティアさん、二人で赤ん坊もしっかりと支えていきま――
その時、扉が勢いよく、ばたんと開いた。
トルアリーナの姿がそこにあった。
走ってきたらしく、肩が上下している。
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