158 魔王、薬草を探す計画を立てる
やがて、シュローフは結論を出した。
「そうですね。急性の炎症を起こしています。人間でも、元気な人は滅多にかからないものなんですが――妊娠中で体力も落ちている時だからでしょうね……」
シュローフの声のトーンも沈んでいる。
「おい、レイティアさんは無事なのか?」
「そうよ、そこを早く教えて!」
ワシもアンジェリカもシュローフに詰め寄った。
ほんのわずかにシュローフが間を空けた。なんとも不吉な間だった。
「患者さんの命を守ることはできるでしょう。苦しい時期が続いても、それを乗り越えることは可能かと」
「そうか。なら、ひとまずよかっ――」
「ですが……おなかのお子さんがどうなるかは……」
たしかに、今は特別な時期だった。
「高熱が長引けばお子さんは耐えられない危険があります。時期が悪いですね……」
「じゃあ、解熱剤はないの? 熱を下げればいいでしょ?」
アンジェリカが強い語調で医者のシュローフに言った。
「熱が出ているというのは体が戦っている証拠なんです。だから、解熱剤で無理に下げると体に悪影響が出かねません。ご家族もご本人も全員が希望されるならやりますが……」
その顔には責任がとれないと書いてあった。
「何か安全にやれる対策はないのか?」
「ないこともな……いえ、これは現実的ではありませんね」
「おい、そこまで言いかけてやめるな! 無茶苦茶気になるからひとまず全部言え!」
思わせぶりすぎるだろう。そのまま教えないのは反則というものだ。
「魔族の土地の最奥――『深淵の渦』というところに医者失業草という、最強の薬草があるのですが、そこに向かうだけでも極めて危険なんです……」
どっかで聞いたことある名前だなと思ったら、今日、フライセが言ってたやつだ!
まさかこんな偶然があるだろうか?
いやいや、これはあれだ。たんにここ最近聞いた単語をまた聞いたせいで、そこにつながりがあるように感じているだけだ。
ワシは頭の中に魔族の土地の地図を思い浮かべる。といっても、かなり狭い地域に焦点をしぼった地図だ。
『深淵の渦』というと、とある地方のやけに深い崖の名称だな。崖の底はいまだにどこまで続いてるかわからないという。
「ふうん、その『深淵の渦』ってところに行けばいいのね。じゃあ、今すぐ行ってやろうじゃない!」
アンジェリカは右腕をぐるぐる回している。
冒険者としての血がうずいているのだろう。
しかし、そんなところにアンジェリカを連れていっていいのか?
「やめたほうがいいです……。『深淵の渦』に入って生きて帰ってこられた人間の冒険者はいないと言います……」
シュローフが止めた。行ってくれと言える場所ではない。
「そっか。じゃあ、私が人間の生還者第一号ね」
「根拠のない自信にもほどがあるだろ!」
こういう奴ほど死ぬのだ。もう引き返したほうがいいところでイキって引き返さず、その結果、帰らぬ人となるのだ……。
「大丈夫よ。今までも大丈夫だったんだから、今度も大丈夫でしょ」
「その発言をする奴を大丈夫だと思う奴がいたら、そいつはバカだ。行かせられるか」
今度は娘まで危険なことになったらどうする。
「アンジェリカ、お前は皇太子なんだ。その立場をわきまえろ」
こういう言い方はよくないかもしれないが、言葉を選んではいられなかった。ただ、かえって、アンジェリカを怒らせるだけの結果になるおそれもあるから、藪蛇かもしれんが……。
しかし、アンジェリカは怒る代わりに威勢よく笑った。
「私は魔王の皇太子である前に勇者なの」
ばんとアンジェリカは自分の胸を叩いた。
「その勇者が自分のママが病気なのに、黙って見ていていいと思う? どこにも勇気なんてないじゃない。勇者失格にもほどがあるわ!」
「うっ……そう言われると、反論しづらい……」
たしかに人助けって、まさしく勇者がやるべきことではある。
「よし、早速、パーティーのみんなを呼んで、『深淵の渦』ってところに行こ!」
「待て! 犠牲者が増えるから、ちょっとだけ待て!」
ほかの人間まで巻き込まないでほしい。
「何よ。私は冒険者として正しいことをしてるわ。今回ばかりは変なことも言ってないから」
まるでこれまでは変なことを言ってたと自覚しているような発言だ。
しかし、うかつに絶対に行くのは禁止などと言うと、かえって飛び出してしまう。ここは無難な着地点を見つけないといけない。
町に出て俳優になりたいという子供に「許さん、農家を継げ」と言ったら、飛び出て町に向かうだろう。圧力をかけると、かえって爆発してしまうものなのだ。
ワシはシュローフのほうをちらっと見た。
「質問だ。ワシがその『深淵の渦』に行けば、どの程度の確率で帰ってこられる?」
「えっ……? 魔王様がですか? それはいくらなんでも、余裕で戻れると思いますが……。ただ、すぐに発見できる薬草ではないので、兵糧は大量に持っていくほうが無難かと……」
「うむ。では、ワシと――」
「私も行くからね! 止めたって無駄だからね!」
「――アンジェリカの二人で『深淵の渦』とやらに行ってくるとする」
「へっ? 私も連れていってくれるの?」
アンジェリカは信じられないらしく、自分の顔を指差している。
「お前たち勇者パーティーで向かわせるよりはマシだ。それにお前の友人にまで何かあったら、親御さんに合わせる顔がない」
「パーティーを友達って呼ぶの引っかかるからやめて」
でも、ギブ&テイクの関係というのとも違うし、友達でいいだろ。
「お前一人なら危険があってもワシがフォローできる。回復魔法もワシが使えるしな」
「爆発魔法は私も魔王も使えるしね」
そこはどうでもいい。
「あれ、でもさ……」
アンジェリカの目が苦しそうなレイティアさんのほうに向く。
「それだとママを看病する人がいなくなっちゃうじゃん」
――と、なんとカラスのネコリンが、くちばしで濡れたタオルをレイティアさんの頭に載せていた!
「ナオレー、ナオレー」
「あらあら。ありがとうね、ネコリン」
レイティアさんもなごんでいた。
「ネコリン、賢いわ! さすが、私のペットね!」
お前専用のペットみたいに言うな。お前、そんなに世話もしてやってないだろ。
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